第56話 課長の危ない趣味

 製品に使っているシステムの頭脳であるマイコンのメーカーから連絡が来た。

「お使いのCPUにバグが見つかりました。プログラムの中に次のコードが含まれていないか確かめてください」

 おやおや。まあ。でもマイコンの中にバグがあるのはそう滅多にあることではないが、実はそう不思議なことでもない。

 マイコン作りは死ぬほどの激務である。昔作ったことがあるので良く知っている。だから責める気にはならない。


 幸い、問題のあるコードは普通は使わないコードだ。だから厳しいテストの目をすり抜けて市場に出てしまったのだ。

 ざっとプログラムを眺め、コンパイラオプションを調整してアセンブラ出力を行い、それを検索ツールで調べる。全部で十分もかからない作業である。

 問題なし。このコンパイラは問題のコードを使用しない。

 ついでに設計書の一部にこのマイコンを使うときは定期的にこのコードを洗うようにとのメモ書きを残しておく。こうしておかないとまたいつか、自分で作った罠に足を踏み入れることになる。


 メーカーから次の連絡が来た。

「ご迷惑をおかけして申し訳ありません。後ほど担当の者が事情を説明に参りますのでお許しください」

 別にかまわんよ。実害はなかったわけだし。

 それほど経たずに担当者が会社にやってきた。うちは大口のお客だし、まあ当然と言えば当然か。

 昼ギツネ課長にいきなり呼ばれて同席する。

 おや、と思った。担当は年配の女性の方だ。

 謝罪は女性に限るという手かなと、そう感じた。ご苦労さまと頭の中で頭を下げる。男のしでかした尻拭いはいつも女性に押し付けられる。私は意地でもそんなことはしないが。

「Yくん、どうぞ」いきなり無茶ぶりをする昼ギツネ。

 おいおい。お前は馬鹿か。根回しもなしで丸投げすんな。だいたい俺に何を言えと?

 ざっと頭の中で会話を組み立て、一切問題ないこと、実害も出ていないことを説明して話を終える。この間わずかに二十秒。


「というわけで問題ありません。ではこれで終わりにしましょう」

 そう私が言ったところで、慌てて昼ギツネ課長が噛み付いた。

「こんなことされて、困るんだよね。こちらは」

 いやいやいやいや。困らないでしょ。慌てた。今回のことで実害は無いことはこの課長にも伝えてあるのだが?

 それに百歩譲ったとしても仕事をしているのは私だ。あなたは仕事の邪魔ばかりしている人。


 昼ぎつね課長がネチネチと重箱の隅を突いて嫌味を言い始めた時点でようやく気がついた。

 楽しんでいるんだ。この人は。この状況を。

 いつも会議では部長に怒られてばかり。おまけに下からは突き上げられてばかり。そのストレスをここで発散しているのだ。

 恐らくは何の責任も無い女性を相手にして。

 してやったりとの表情がその顔に浮かんでいる。

 本当に心の中が判りやすいね。この人は。

 いや、そもそも、自分のゲスな考えを人の目から隠すという感覚が無いのだ。

 いや、そもそも、自分の行為をゲスとさえ感じてもいないのだろう。

 感じていたら、とうに自殺しているはずだから。


 二十分の間、相手の女性は謝り続け、鬼の首でも取ったかのような課長の横で、こちらは逆に恐縮し続けた。

 すみませんねえ。本当に。うちの課長はこんなクズ野郎で。

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