第48話 俺の若い頃は

 またもや上の方の会議でファームの工程の遅れが問題になっているらしい。色々と耳に入れてくれる人がいて、噂で流れて来る。

 その一方、この課の昼ギツネ課長は上で何が起きているのかを絶対に話そうとはしない。話せば私が激怒し、会議に出席させろと要求するからだ。私が会議に出れば、スケジュールを勝手に書き換えて出していることや、自分の言うことを聞かないことになっている私に総ての責任をかぶせていることがばれてしまう。

 昼ギツネ課長の口先だけの世渡り。そしてこういうのはいつも私に責任を被せて来る。こいつならどんなひどい目に遭わせても大丈夫だろうとの腹積もりがあるからだ。


 やれやれ。


「どうしてそんなに時間がかかるんだ。俺の若い頃は、8キロバイトのアセンブラを二週間で書き上げたものだぞ」

 こう叫んでいるのは部長付けのHだ。


 その一言でこの人がどれだけできないプログラマであったのかが判る。8キロバイトのきちんとしたアセンブラを二週間で書くのは私でも無理があるからだ。とすれば、ここで言っている部長付けのプログラムとは、効率も美しさも無い、ただポートアクセスをのんべんだらりと並べただけのコピペ馬鹿のクズプログラムでございと言っているようなものだ。

 先に述べたウォズニアックのアセンブラプログラムと比べれば、まさに天と地ほどの開きがある。

 本物のアセンブラソースは本体部より説明コメントの方が巨大になる。それを書かないと時間が経つと自分でも補修できなくなるからだ。そしてこの読めるドキュメントを書くのには大変な時間ががかる。

 アセンブラとはそういった隅々まで完全に設計された芸術作品であるべきなのだ。


 ついでに述べるならば私がこのときに作っていたプログラムはオブジェクトで128Kのものだ。長さで16倍のプログラムは難しさでは256倍に達するという法則がある。つまりH部長付きが2週間で8Kの場合、彼が私のプログラムを作ると128カ月かかる計算になる。それを私は実質三か月で作っている。

 H部長付きの実に42人分の働きをしていることになる。これはプログラマのピンキリ倍率と私の天才補正、そしてH部長付きの間抜け補正を計算に入れると、ぴったりと符合してしまうのが面白い。

 H部長付きは自分の能力を自慢しているつもりなのだが、結果として彼の頭が大変に悪いことを周囲に喧伝していることになる。

 彼が何故いつまでも部長付けなのかの理由でもある。


 このように中途半端にソフトをかじっただけの人間が管理職に上がり、ソフトを判ったようなつもりで指揮を執ろうとするのが一番困る。やっと棚を一つ作れるようになったひよっこ大工が家の建築に口を出すようなものだ。


 実は「部長付き」という肩書きは役職ではない。課長と部長の中間に位置するのだが、身分としては平社員である。課長を卒業して次に部長になる候補としての肩書きというのが表の理由だが、実際にはただの暇職である。高度成長時代の年功序列制度の名残で課長にしがみついてここまで来たが、結局座るべき部長の椅子がいつまでも空かずにその場で飼い殺しにされる。それが「部長付け」である。

 それなりに管理の腕があればそのまま課長にとどまるものなのだが、課長すら務まらない場合には、こうして部長付けの肩書きのまま放置される。それが実態である。

 しかし何の役にも立たないが、他人の非難だけはする。それも御自分の乏しい知識でだ。


 大変に困る。

 困る。

 困る。

 大困る。

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