第44話 昼ギツネ大活躍す
ようやくコードが書き上がった。とは言え、まだコードを書いてコンパイラを通しただけ。つまり文法的な問題が無いよ、というだけに過ぎない。
もっとも、画面は映るしリモコン操作もできる。この大きさのプログラムが書きあげた段階でヨロヨロとでも動くというのは驚異的なことなのだが、理解してくれる人がいないので意味が無い。実験室の片隅でひっそりと行われる小さな奇跡でしかない。
どこから聞きつけて来たのか、昼ギツネ課長が飛んで来た。
「うん。あのね、今ね。品質保証部からせっつかれているんだ」
知らんがな。部長や事業部長の歓心を買うためにこちらが出した予定を勝手に縮めたのは貴方ですよ。
「だからこれ持って行っていいよね」
とんでもないことを言い出した。
品質保証部というのは製品の試験を行う部門だ。そこに持って行くということは、正式に製品としての試験を受けるということで、まだこのプログラムはそんな段階ではない。家の建築に例えるならば、柱を建てて梁を渡した段階。まだ屋根もつけてはいない状態だ。
それを完成品と偽って渡せと?
品質保証部に未完成な代物を渡すと非常に面倒なことになる。
不具合検査表というのが正式に発行されて、それに正式に言い訳しなくてはならない。書類仕事に大量の言い訳。ただでさえ忙しい仕事がさらに多忙になる。そもそも、これは製品ではない。その卵にしかすぎない。
頑としてプログラムを持っていかれるのを拒んだ。持っていくなら、私の屍、いや、昼ギツネよ、お前の屍を越えていけ。
怒りの表情を顕にしたこちらを見て、昼ギツネ課長が引いた。
やれやれ。仕事の邪魔もいい加減にしてもらいたい。
CPU作りのときもそうだったが、ソフトが書きあがって目視チェック一つしていない状態で持っていこうとする馬鹿は後を絶たない。そしてバグが出ると彼らは大声で喚き散らすのだ。私が悪いと。
これほど腹が立つことは他にはない。
トイレに行って帰って来ると、シミ君が報告した。
「今、課長が来まして」
ふんふんそれで?
「プログラムを持って行きました」
ぐは。心の中で大量に吐血した。
それを止めなかったのか、お前は。いや、サーバーのどこにバックアップした最新のプログラムがあるのかをアホ課長が知るわけがないから、手引きしたのはお前だ。
その場でシミ君を絞め殺そうかと思ったが止めた。彼には罪が無い。いや、罪はあるが死ぬほどではない。
それでも片足ぐらいは折るべきかとは思った。
やがて品質保証部から不具合検査表が束になって送られて来た。内容は見なくてもわかる。ここが動きません、あそこが動きません。どうして動かないんですか。いつ直るんですか。
いい加減にしろ。頭に血が上った。
この家は雨が漏るだあ?
当たり前じゃい。まだ屋根は葺いておらんわ。
不具合検査表を無視していると昼ギツネ課長が飛んで来た。その通り、悪いのはこいつである。
「あのね。あのね。品質保証部が騒いでいるんだ。どうして回答が来ないのかって」
この馬鹿課長を本気で殴り殺そうと思った。
「それと上の方で大騒ぎになっているんだ。バグだらけじゃないかって」
ギリギリとどこかで歯軋りの音がした。何だ、鳴っているのは自分の歯だ。
だいたい品質保証部もおかしな話だ。この製品の仕様書はどこにもない。どこかの誰かさんが書いた表紙と目次だけのわずか二枚の白紙が仕様書の全文だ。
何を作るのかも定義されていないのに、いったいどうやってテストしているのだろう?
謎だ。
しかしそれでも決まりは決まりらしい。さらに寝る時間を削って不具合検査表に回答を書き込む。回答文言はただ一つ。次のバージョンで直る予定です。どこがどう直るのかは書かない。どう直して欲しいのかも判らないからだ。
ここは会社じゃない。会社ごっこの世界だ。そしてその世界の中で、私は過労で殺されかけている。
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