第42話 日常3
T氏がひ~らひらと飛んで来た。
へらへらと笑う。
「あの~。頼みがあるんですが?」
「はい、何でしょう」
「実は保証人になって欲しいんです」
「へ?」
女房が借金をしまして。車を買うからと言って労働組合から借りようとしたら、同じ組合員を保証人にするのが条件だと言われまして。
それで私の所に来たんかい。いったいどこまで私に甘えるんだ。このクズは。
仕事を集り、面倒事を押しつけるどころか自分で作ってこちらにぶつける。
助ける義理どことか人情すらない。
さて、どうする?
労働組合の出した条件も体の良い断りの文句だ。普通は保証人は親族までで、友人ましてや同僚を保証人にしようとしてもできるものではない。
保証人を頼み込んだ段階で人間関係は断たれる。保証人を申し込まれる方には何のメリットもないのだ。そして大概のケースでこれは正しい。会社の同僚を保証人にするのは相当ヤバイ状況だ。
つまり最初からまず成立しない条件を出している。
もちろん車を買うなどというセリフも嘘だと見抜いている。保証人を万が一見つけてきたらその先にあるのは免許証の提示と購入する車種などの聞き取りだ。
それにスラスラと答えられなければ融資話はそれでお終い。ジ・エンド。
会社側を向いて設立されている御用組合に取っては組合員を助ける義理は欠片もないのだ。
ざっと融資条件に目を通す。横でへらへらとT氏は笑っている。
「これ、利率がかなり高いですね」
「仕方ないじゃないか」たちまちにしてむすっとした顔で言い返す。
どうやらご自分の立場がお分かりになっていないようで。
つまりはとことんこちらを舐めているのだ。ふんぞり返って手を出せば金を差し出すと思っている。
だがまあと考えた末、必要な二百万円を自分で貸すことにした。保証人だと保証の種類によっては知らぬ間に借金が後から後から増額されてしまう恐れがあるためだ。
(この当時はまだ保証人への報告義務は法律に追加されていない)
それぐらいなら丸っと自分で貸した方がよい。
この金は一応全部返っては来たが、いつ飛ぶか気が気ではなかった。
こんな思いをするぐらいなら断れば良かったのだ。
何の義理人情がある人でもないのだから。いや、むしろ憎んでいる人なのだから。
自分でも甘いなと思う。
この世で大事なのは、関係もない他人をきっぱりと見捨てる勇気である。
なお、T氏はこの件について、最初から最後までただの一度もお礼というものを言っていない。
こういった人間の傲慢さには反吐が出る。
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