第37話 小太り君
派遣で来た小太り君は自分のプログラミングの腕に相当な自信を持っているらしい。態度にもそれが表れている。フレックス締め切り時間ぎりぎりに現れて、どっかと席に座る。俺様は帝王なんだという雰囲気が全身から溢れている。
こちらの新人を捕まえると、傲然とこう言った。
「プログラミングは動いてなんぼじゃ」
それを聞いて憂鬱になった。やはり、この子は使えない子だ。
プログラムが動いてなんぼは当たり前。あたし達はアマチュアじゃなくてプロですぜ。旦那。動かないプログラムを作っていて飯が食えますか?
作ったプログラムが動くのは当然、それだけでは無く、締め切りにはきちんと間に合い、コンパクトにまとまっていて、さらに素早く動き、なおかつ綺麗に書かれていなくてはならない。それがプロの仕事。
きっと駄目だろうな、と思いながらも、仕事の一部を切り出して小太り君に与える。
「サーバーのここに載せてある記述規約をきちんと読んで作ってくださいね」
こう言ってもきっと読まないだろうな、と思いながらも顔に笑みは絶やさない。
記述規約とはプログラムを書く際に、守るべき規約だ。変数の名前のつけ方や、段付けの手法などが書かれている。簡単な規約なのだが、集団で一つのものを作る場合にはこれを守らないと大混乱が起きる。
二週間が経過した。
小太り君ができましたと持って来たプログラムにざっと目を通す。一文字変数の多用、コメントも入れていない。汚いプログラムの代表である。
予想通りの結果だが、情けない。きっとこの人は趣味でプログラムを始めて、そのまま技術者になったのだろう。腕の良い技術者の書くプログラムを一度でもまともに勉強していればこうはならない。
早い内に自分の腕に自信を持った者はそれ以上は伸びなくなる。
そしてこの程度の腕ではウチではやっていけないのだ。
小太り君が散々威張っていた先の新人君を呼び出して、記述規約に合わせてプログラムを全部書き直させた。新人君の方がまだマシなプログラムを書く。
これが小太り君にはショックだったらしい。だがこちらも、駄目な人間に合わせて使えないプログラムを残したままにしておく余裕が無い。アマチュアのプログラムとは異なり、プロのプログラムは必ず保守という作業が入る。他人が読めないようなプログラムは迷惑なゴミでしかない。
彼が使えないことがはっきりしたので、別の作業に回ってもらうことにした。
昼ギツネ課長が彼に新たに割り付けたのは、メインの仕事で使っているリモコンの受信プログラムを別の機種に移す仕事だ。
こういった作業を移植作業と呼ぶ。一人でやればいいものを新人のSM君を引っ張っていって二人でこの作業を始めた。いい加減にしろ昼ギツネ課長。これ以上使える人間を減らすな。
どれだけ忙しいのか分かっているのか? あぁ?
もし彼らにできなければこの仕事まで私に被る。馬鹿やるのもいい加減にしろやクソ課長。
またもや二週間が経過した。何の報告も上がって来ない。
つついてみた。
すぐに昼ギツネ課長が飛んで来て、愚痴をこぼし始める。
「何だかね。ほらさ、例のリモコンのプログラム、彼が言うには全然駄目だって。もうどうしようも無いプログラムだから一から作りなおさないと駄目だって言うんだよね」
それはおかしい。こちらの機械では何の問題も無く動いている。そもそも直さないといけないと言うのならば、どこが悪いのかをはっきりさせてから直さないといけないはずだ。ただ単に動きません、で作り直しても、また動きません、で終わるのがオチである。
ええい、しかたがない。二人が作業している机に赴く。
元のプログラムは問題無いはずだ。一見するとかなり汚く見えるプログラムなのだが、実際のところは状態遷移図から起こして、後はタイミング的に厳しいところを論理等価変換を繰り返して変形させて対処したものだ。きちんとした構造で最後の1ビットまで無理のない優れ物である。
とすれば、目的の機械への組み込み方が悪いに違いない。新人と小太り君の手からマイコンのマニュアルを取り上げ、ざっと目を通す。ああ、これは二種類の割込みが一つのベクタに飛んでくるタイプのマイコンだ。こういうことをするのはCPUの製造費用の節約のためなのだが、実際には殆ど節約にはならない。ただ周囲に混乱を撒き散らすだけとなる悪い設計法なのだ。
ええっと飛び込んで来る割込みの一つはリモコンの受信割込み、もう一つは1ミリ秒ごとに起こるタイマ割込み。リモコンの信号は全部で100ms程度の長さだから、この二つは必ず衝突する。はい、問題判明。
問題が判明すれば、答えは自ずから明らかになる。飛び込んで来た割り込みを判定して別々の処理をしてやれば良い。もともとそういう形で使うシステムなのだ。
ちらりと見ればそれが判るはずなのだがどうしてそれが判らない?
解決策を示して自分の席に戻る。
後でトイレに行く最中に声を掛ける?
「どうだ?」
「動きました」新人君が答える。
それなら一言報告を入れろや。この子もまだ気働きが足りない。
ここまでで約十五分が経過している。つまり小太り君と新人君の二人が使った二週間は、私の十五分に敵わないわけだ。
使い物にならない小太り君の契約を解除しようとしたが、技術派遣会社Mの営業の人間が飛んで来て、契約がどうのこうのと喚きたてた。仕方が無いので、契約の最低期間が切れるまでの三ヶ月の間、彼には塩漬けになってもらった。
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