第32話 ナハハ
新しいハードウェア基板が予定を過ぎても出てこない。
すでに予定から二週間が過ぎている。
時は四月末。もうすぐ五月の連休が来る。
ソフトというのは開発作業の最下流に位置している。ハードが出来てこないとデバッグと呼ばれる作業に入れない。それまではどれだけプログラムを綺麗に作っておこうが、動くかもしれないという可能性に過ぎない。予定は未定であり、確定ではないのだ。
ハードが遅れた分はすべてソフト部隊の徹夜作業で尻拭いをすることになる。
毎日イライラしながら待っていたが、ここまで来たら仕方がない。
連休を楽しもう。
いよいよ明日から連休開始となった日の午後遅く、パソコンに向かっていたら目の隅に忍び寄るナハハ氏の姿が見えた。
過去に素人ながらも八方目という武術修行をしているので、前方を向いたままでも左右270度を見ることができる。だから相手は見つかっていないと思っていてもこちらは見ていることができる。
ナハハはそっと机の端に電子基板を置くとそのまま離れようとした。
おい、待たんかい。声をかけるとナハハが逃げ出した。
これはお約束のハード基板だ。散々予定より遅らせた挙句、ナハハの野郎め、連休が始まる前の最後の瞬間に提出しやがった。
追いかけたがナハハナハハと笑いながら会社中を逃げ回った。この笑い声が彼のあだ名の由来である。
さんざ逃げ回った挙句に最後には姿を隠した。怒られるのが嫌でトイレにでも隠れているのだろう。
頭の中は激怒していたが、面と向かって怒る気はなかった。遅れたものは仕方がないのだ。
それよりもこのハード基板が正しく動くのかどうか、試験したのかどうかが知りたかったのだ。もちろん、この時点でこちらの連休の予定は潰れたことになる。プロジェクトが遅れているのに、ソフト部隊がハード基板を受け取りながらのんびり休暇を取っていたと言われるわけにはいかない。
結局最後までナハハは見つからなかった。終業時間になるのを待って、さっさと帰ったようだ。自分だけは連休をすべて取るつもりらしい。
しくしくしく。心で泣きながら連休中に出勤をする。まあ、いい。どうせ連休なんて、最初に関東に来て会社に勤め始めて以来、一度もまともに取れた事なんか無い。
貰ったハード基板に電源を入れる。
やはり、思った通りにウンともスンとも言わない。ナハハ氏が実働試験もしていない基板を渡して来たのが明らかになった。
それでも彼がやる上への報告はこうだ。
『ソフト部隊にはもう随分前に基板を渡したのですがね』
電源を調べ回路図から判るかぎりを調べてみたが動かない原因は判らない。当たり前だ。この大きさの複雑な基板をぱっと見ただけで部外者が直せるものではない。
ナハハ氏の休暇中の連絡先に故障を報告し、明日にでも出てきて欲しい。こちらも待っているからと伝えておく。
留守電だ。きっと無視するだろうなと思いながらも、翌日の休みも出勤してみる。
やはり予想とおり、ナハハは出てこない。
これこそが味方のフリをした敵である。
こうした遅れはすべてソフト部隊が被ることになる。そうとも、私は他人の尻拭いをするためだけに生まれて来た男。
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