第31話 嵐去る
品質保証部から報告されているバグは後数個というところまでこぎつけた。本当ならば締め切りまでにはまだまだ余裕があるはずなのだが、昼ギツネ課長が勝手に予定を縮めてしまったので、大変なことになっている。
疲れ切って家に帰って深夜の夕食を食べていると、隣の課のデキナイ課長から電話がかかってきた。
おいおい、深夜の二時だぞ。
「あのね。工場を一日止めると五百万がとぶんだよ」
鬼の首でも取ったように宣言する。
デキナイ課長は何にもできない人物だが、人を責めることだけはする人物である。そのたびに責めた人物から逆に怒鳴られて終わるのだが。
馬鹿野郎。ふざけるな。ちっとは休ませろ。こっちの言い分も聞かずに予定を早めやがって。
一日五百万だあ? そっちが悪いんだろ。
そう頭の中で考えながらも、仕方ないですね、と電話に答え、徹夜の仕事に再度でかけた。
ああ、怒鳴りたい。この馬鹿者どもを心行くまで怒鳴りたい。
今から思えばそうするべきだった。
心優しい人間とみれば人々はありとあらゆる悪を成す。怒りやすい人間と見ればこれ以上はないほどの礼を尽くしてくれる。この野蛮で愚鈍な種族の間で物を言うのは基本的に腕力である。
隣では母親がこの子は過労死するのではないかと心配顔で見送る。
その通り、過労死寸前である。席についてパソコンを起動すると、机につっぷした。寝るのではない。ここまでストレスが緊張に達すると眠ることなんかできない。机につっぷしたまま、痛む胸を押さえて、もう一方の手でキーを叩くのである。
自分の心臓が破裂寸前であることがわかる。明日の朝まで生き延びることができるのだろうか?
きっとこのまま死んだら、会社はこう説明するのだろうな。うちはそこまで厳しい会社じゃないです。早く帰って休めと言ったのに言うことを聴かない人でしたから。
おのれ。歯を食いしばった。死んだらこいつら一人残らず祟り殺してやる。
それよりも何よりも、技術者の誇りだ。このプログラム完成してみせる。
私は大変に運が悪い男である。だからすべてのバグを満遍なく一つ残さず踏んでしまう。
この世の地雷にはすべて私の名前が書かれているのである。
だから私が通った後にはバグは残らない。綺麗に整地されてしまう。
やがて二日が経ち、三日が経ち、どこからも不具合報告が来なくなった。
プロジェクトの完了である。
嵐は去った。
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