第28話 白い花

 窓辺に置いておいた鉢植えのハエトリジゴク草が順調に育ち、花が咲いた。細い茎の先についた小さな小さな白い花である。その下では、鉢植えの地面すれすれに生えたトゲ付きの葉の中で、捕まった虫が身動きもできずに横たわっている。この葉はそのまま枯れ、餓死した虫と一緒に地面の上で栄養と化す。

 食虫植物という怖い草にも関わらず、その花の可憐さが実にアンバランスである。

 感動したS君が写真に撮り、SNSに載せた。


 やがて花は消え去り、種だけが残るころ、ハエトリジゴク草全体が枯れてしまった。

 本来は多年草なのだが、人工栽培した場合は大概が一年で枯れるらしい。その話の通りになってしまった。

 種を回収し、通勤途中の草むらに撒いておいた。


 来年もまたあの可憐な花が咲いていたら良いなあ・・・。

 次はどんな食虫植物を植えよう。



 ここは昼礼がある。

 お昼は実験室のパソコンをリンクして皆でマルチプレーヤーゲームのDOOMをやっているので、それをさくっと切り上げて昼礼に出る。

 部長が演説を行っている。

「文房具は会社の財産です。自分のものだと思って大事にしてください」

 情けないことを言っているなと思った。

 他人のものと思うからこそ丁寧に扱う。これが自分のものならなおさら手荒に扱うぞ。

 考え方が真逆なのだ。

 部長は自分がどんなに情けない人間であるかを意識せずに、それを周囲にひけらかしているのだ。

 他人のものなら粗末に扱うという考え方の管理職が部下をどう扱うのかは想像に難くない。部下も結局は他人なのである。体を壊すまでこき使うのもアリということだ。

 人は期せずして馬脚を現す。



 購買に注文しておいたフロッピーディスク・クリーナーが届いた。

 これは見た目がフロッピーディスクで、これをディスクに差し込んで回転させるとディスクヘッドをクリーニングしてくれるというものだ。

 これには湿式と乾式がある。湿式はクリーニング液を表面に垂らして磨くもので、乾式は行ってみればディスク表面がヤスリになっているものだ。

 湿式の方が機械に優しいので湿式を注文していたのだが、届いたのは乾式でおまけに袋が破れていて中身は明らかに中古だ。

 これでは困るので購買課に行って担当者のお姉さんに声をかけて、事情を説明する。

 いきなり大きな金切り声で狂ったように喚かれた。

「あたしゃ忙しいんだ!くだらんことでクレームをつけにくるな!」

 後は逆切れの大声が続く。

 ははあ。心の中で合点がいった。お前、横領しているな。

 意味もなく切れるのは突かれてはまずいことがあるので誤魔化そうとしているのだ。

 恐らく新品を買ったことにしてその代金を懐にいれたのだな。

 何と可愛らしい横領だこと。まあ他の品物でもやっている可能性はあるが。

 向こうでは大きく目を見開いてここの課長が見つめている。止めには来ない。

 少額の横領でも課長の管理を逃れて行うことはかなり困難なので恐らくこの課長とはできているのだろう。

 そのまま大人しく退散する。

 わざわざ藪を突いて蛇を出す必要は私にはない。

 いつの日か彼女はもっと大きな横領をやらかして、上司ともども会社から放り出されることになるだろう。

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