第25話 子供たち2
N君は一人でTVチューナーの開発に取り掛かった。
朝から晩まで実験機材に張り付いて作業している。
原因は、事業部長の次の一言である。
「我が社のTVはどんな状況でも完璧でなくてはならない」
お気楽な馬鹿の吐いた一言。だがそれに権力が付随すると困ったことになる。
アナログTVの信号方式は世界の地域で異なる。NTSC方式やらPAL方式という感じに国ごとに独自の方式を採用しているのである。普通はそんなことは何の問題にもならない。TVはリビングなどに設置して使うものであるから、視聴中に扱う信号が変化するということはない。
だがもし、トラックに電源とTVを載せて高速道路を走れば、途中で国境を越えた拍子にTV信号が切り替わることもあり得る。
事業部長に言わせると、その場合でも我が社のTVは綺麗に映る必要があるらしい。
完全なるオーバースペック。無駄としか言いようのない機能。しかし、一度事業部長の口から命令が出た以上、それは遵守されなくてはいけない。
N君は努力した。ドイツのアウトバーンを時速二百キロで走行したときに起きる状況をトレースするために、放送電波を捕まえる。実は日本ではこの目的で各国の周波数での放送を切り替えながら試験放送している所がある。それを利用するのだ。
目的の信号切替パターンは二週間に一度だけ深夜放送の時間帯に放送される。
作業に失敗すれば、また二週間が必要となる。
最終的にN君の努力は実り、完璧なシステムが出来上がった。
会社ごっこ、会社ごっこ。
無知から出た何気ない一言にどれだけの金がかかる事か、上に立つ者は理解しなければならない。
新人が何人か入って来た。
一人は机の端に置いて見習いの仕事をさせる。
夕刻になったので、自分の机の上を拭くように命令する。
不満だったらしい。
「これ本当に僕の仕事ですか?」文句を言う。
そうだよ。私なんかトイレ掃除だって嫌がらずにやってきたよ。
何もできないのに、プライドだけは異様に高い。最近の新人とはみなこうなのだろうか?
それに拭くのは自分の机だけだ。この会社の清掃のおじさんは床しか拭かないから机の上は自分で拭くしかない。
「いいぞ。君が私よりも仕事ができるなら、喜んで雑用は俺が片付けるぞ」
それを聞くと新人が黙った。
いい負かしたように聞こえるかも知れないが、私は本気である。彼の方が仕事ができるなら喜んで役割を代えるつもりだ。
プログラムの仕事はパソコンの前に座りっぱなしだ。
傍から見ているとキーボードを叩いて遊んでいるだけのお気楽な仕事に見えるらしい。
その内容は実は百桁の数値を頭の中で暗算しているようなもので、人類が産み出したもっとも過酷な精神労働だということは知らない人の方が多い。
それを代わってやろうというならば、是非ともそうして貰いたい。
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