第16話 猿山のボス登場す
回路図に載っているLSIの中に見慣れぬものがある。資料を調べても載っていないのだが、システムの中心に位置していて何か重要な働きをしている。
これこそが、この建物の最上階そしてこの会社のトップ近くに位置している研究部門が作った独自チップである。
(後に同僚のN氏が回路を解析して一言、ピクセルワークス社のチップのコピー品だなと・・)
「資料ください」ナハハ氏に尋ねた。
即座に返事が返って来た。
「無い」
へ? 目が点になった。
無いってどういうことよ、無いって。
「だから無いの」ナハハ氏が黙り込んだ。
騒いでいると、今度はH氏が現われた。
H氏はハードとソフトの中間に位置している技術者だ。両部門に跨り、それでいて独立しているという特殊な立場にある。
実のところ、彼は周囲から煙たがられていたというのが正しい。ただし、何か問題があって距離を置かれていたのではなく、極めてマトモな技術者であったために研究所から憎まれていた、というのが正しい見解である。
H氏が説明をしてくれた。
まず第一に、ここの研究所はK研究所長という古株の人が治めている。K研究所長の技術力はこの会社の中では他の管理職たちから高く評価されているが、独裁者とでも言うべき人物で、次のような主張を通している。
一つ、自分は完璧である。
一つ、その自分の配下の研究所のメンバーはこれも完璧である。
一つ、そのメンバーの作る製品は完璧である。
一つ、その完璧な製品を使う下々の者は、製品に十分な敬意を払わなくてはならない。
一つ、十分な敬意とはすなわち「土下座」である。
またもや目が点になった。いわゆる、縮瞳現象である。現実を認めたくないという強い思いが体に表れた結果である。
「嘘でしょう」思わず口に出してしまった。
「本当だよ」H氏が答える。背後でナハハ氏が薄笑いを浮かべて、暗黙の肯定を与える。
K研究所長の気に障ること、つまり研究所の製品に文句をつけたり、バグを見つけたり、あるいは資料を貰うときに土下座をしなかった者は、K研究所長のブラックリストに載る。このブラックリストに一度載ると、二年間の間は一切のコミュニケーションを断たれることになる。
更なる問題は、開発部門にいるほぼ総ての人間がブラックリストに載っていることで、結果として研究所製のLSIは押し付けられるが、LSIの使用マニュアルは貰えないことになる。
LSIというのは言わばスイッチがたくさんついた黒い箱だ。どのスイッチがどんな働きをするかのラベルもついていないのだから、使用マニュアルが無い限り、動かしようが無い。
この御ふざけルールは周知の事実だが、事業部長を含む管理職全員知らない振りをしている。いや、本当に知らないのかも知れないが、課長経由での正式な資料請求が拒否されるのだから、知らない振りとしか言いようがない。
しかし、じゃあ、一体どうすればいいんだ。これではソフトが作れない。困った。
そこでH氏が請け負った。
「何とかするよ」
H氏は行動の人だ。研究所長を通したマトモなルートでの情報が手に入らないのを知っているので、直接研究員を狙い、裏から情報をこっそりと仕入れて来た。渋る口をこじ開けて少しづつ情報を聞き出し、一つにまとめるのだ。
この人は毎回こんなことをやっているので、研究所長から憎まれている。憎まれているが故に、正式にハード部門には組み込まれない。そんなことをすればハード部門全体が憎まれてしまう。
もう無茶苦茶である。
会社ごっこ、という文字が頭に浮かんだ。ここは会社じゃない。会社ごっこの世界だ。大変なところに来てしまった。
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