第15話 全員でお遊戯

 仕様書は無い。それをおかしいと思わない技術者たち。誰も何を作れば良いのかを知らないという信じられない状況。それがここの普通であった。

 ただし、製品はできたか? という謎の催促だけは存在する。


 研究棟と呼ばれる建物の中に各設計部門が存在している。その最上階に位置するのが、研究所である。この研究所が適当に画像用のLSIを開発し、そのままハード部隊へと渡す。ハード部隊はそれを組みこんだ基板を作り、そのままソフト部門に渡す。そして管理職の全員が、製品が出てくるのをひたすら待つ。

 誰も指揮を執らない。真の無政府主義がここにはある。


 しばらく文句を言ってみたが、そもそも存在しない仕様書を求めてもどうにもならない。いや、どんな製品が欲しいのかということすら、どこにも書き残されていない。

 どうすれば良い?

 作業者のレベルで解決しなければ、管理職のレベルに問題を上げるしかない。

 昼ギツネ課長に相談してみた。

「うん、そうだね」昼ギツネ課長がいつもの口調で答える。「上に相談してみるよ」

 しばらく経って帰って来る。

「仕様書は無いんだって」

 それで終わり。

 子供の遣いじゃないんだぞ。ええい、頼りない奴め!



 何かが心の中で燃え上がった。

 詰まるところ、ハードの機能がすべて使えるようにソフトでインタフェースを組み、全体が問題なく動作するように監視機構を組み込んでおけば、後でどんな要求が出ても何とかなる。効率の悪いやり方だが、全体をまとめて網にかけるしかない。

 上に立ったバカ殿が『善きにはからえ』をやると、下流工程のファームが常に割を食う。もちろん自分たちには火の粉が飛ばないからと放置している他の課もすべて同罪だ。


 さて、こうなれば資料を集めなくては。

 使用するマイコンの資料、よし。これは前の部門からこっそり借りた。

 ハード基板の資料は、と。あれれ?

 目の前にある現物の基板しかない。普通、こういう場合は、ハード基板の説明書とでも言うべき資料が山ほど付いて来るものなのだが。もちろんこの会社は普通ではない。

 ナハハ氏を問い詰め資料を要求するがなかなか出てこない。ナハハと笑ってごましていれば相手が諦めると考えているのだ。このクズは。

 仕方がないので関係ない別のハード作業者に頼んで回路図を直接手に入れる。これが一番の近道。

 ハード屋の中でも、ソフト屋のことを気にかける人は数少ない。腕が良いハード屋は良い回路を作るだけではなく、他の部門との協調も考える。それが仕事というものである。だがそんな人間はごく少数である。

 ナハハ氏はその点でも最低最悪のハード屋の一人であった。


 そしてまたもう一つの壁が出現する。研究所所長その人である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る