第13話 拷問
会社の命令でラスベガスで行われる国際エレクトロニクス・ショーへ出張する。
ショーの視察と名前はついているが毎年のこの視察は実質は社員へのご褒美らしい。
実に迷惑な話である。
私は車酔いの王である。つまりこの出張はご褒美ではなく拷問となる。
必要もないパスポートを自費で高い金を払って取得する。面倒な手続きを終え、エレクトロニクス・ショー・ツアーの一行に加わって飛行機に乗る。
ラスベガスまで一直線。酔い止めは全く効かなかった。蒼い顔をして空港に降り立つ。死ぬかと思った。もちろん機内食にも手をつけていない。
空港では尼僧の姿をした人が寄付を集めている。空港のあちらこちらにスロットマシンが置いてあるのはさすがラスベガス。ポケットの中の最後の1コインまで使わせようと言う算段らしい。
明るい。ラスベガスは砂漠の中の都市である。水蒸気を含まない空は日本よりも遥かに明るい。
食事のときに水は出ない。ここでは水は頼まない限りは出ませんと但し書きがテーブルに置いてある。砂漠では水が貴重なのですと言い訳してある。
真面目にショーを回り、資料を集める。
どうせ報告を真面目に見る人はいないのだが、それでも私の職業意識がサボルことを許さない。
客寄せにとボードビリアンがボウリングのピンを空中に投げ上げている。口から火を吐く男がいる。真っ赤な背広を着た社員たちがブースの前で声をかけている。とにかく目立てば勝ちの世界である。
夜はツアーの人たちとラスベガスのホテルを巡る。各ホテルはそれぞれの趣向を凝らして色々な催しものをやっているのだ。ピラミッド型のホテルやアーケード街などが並んでいる。そしてどこにでもスロットマシンが置いてあり、観光客のポケットの中の小銭を狙っている。
ラスベガスのすべてのスロットはサーバーで一括管理されて当たりは厳密にコントロールされている。
昼食は1ドルで提供している所も多い。もちろん客寄せである。
スロットのコーナ0ではバニーガールがカクテルを乗せたお盆を持って、『カクテル』と言いながら巡回している。欲しければ自由に取って、代わりに1ドルを置くことになる。
目についた何かのアトラクションの座席に座って後悔した。体験型映像システムだったのだ。揺れる座席に新たに酔い、ぶっ倒れた。
うえええええ。いっそ殺してくれ。頼むから、殺してくれ。
どこのバカだ。こんなものを作るのは。
ディナーショーで一人2000円で写真を撮るぞとカメラ・ウーマンが回って来た。ノーと断るが、どうしてノーなんだ、いいじゃないかといつまでもしつこく食い下がられる。
私は写真を撮られるのが大嫌いなんだ。何が写るか怖いじゃないか。
しかし明確に断ってもあれほどしつこいとは。恐るべしアメリカン。
ショーの野外テーブルで数人で食事をする。
端っこのテントでクッキーとコーラを売っていて、それを買って来て食べるのだ。乗り物酔いであまり食欲が無かったのでクッキーを数個取ってお金を払おうとしたら、タダで良いと手振りで言われる。
太っ腹だね!
結構テーブルが汚れてしまった。客が立ち去った後に清掃人がテーブルを片付けている。皆が小銭を数枚テーブルにおいて立ち去っている。なるほどこういう仕組みか。流石にチップ文化だけはある。
ポケットの中に余っていた小銭を積み上げておいて、立ち去る。
テーブルの汚さに呆れたおっちゃんが小銭の山に気づき、思わずサンキューと呟くのが聞こえた。
一個だけ残しておいたクッキーを潰し、歩きながらばら撒く。待ち構えていた小鳥たちが一斉に飛びつき争奪戦を開始する。
小鳥たちはサンキューとは言わなかった。何という礼儀知らず。
ホテルからショーの会場までバスに乗るのが嫌だったので歩く。
意外と平和だ。ラスベガスはマフィア絡みの金持ちたちが支配しているので治安はアメリカとしては例外的に良い。
帰りは流石にホテルへの道が分からないので、バスに乗る。
バス停でいつまでも待っていると、太った外人のおじさんがやって来て何かを話かける。その内に、ココニハバスガコナイと解釈できた。
見知らぬ人に親切にしてくれる。優しいね。アメリカ人。日本人よりも優しいかもしれない。
慌てていたので礼を言うのを忘れてしまったのを今でも悔やんでいる。
夜はツアーで知り合った一人とピザ屋に入って食事する。
ピザもコーラも特大だが、こちらではこれが普通だ。恐るべしアメリカ人。彼らは日本人と同じ体格でも三倍の量を食べる。
おばちゃんが近づいてきて何かを話かけるのだが分からない。その内おばちゃんは他のテーブルに行く。そのテーブルの人が小銭を渡すのを見て、物乞いであったと知る。近くにはスラム街があるのだ。
お店の人が怒っておばちゃんを追い出す。
言葉が通じないのは恐ろしい。分かっていたら小銭を上げたのに。
一週間のショーが終わり帰国の途につく。
帰りは疲れて熟睡していたので飛行機には酔わずにすんだ。もちろん機内食はまたもや食い逃した。
眠りはアリガタヤ。
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