第12話 傍目八目

 依頼されてエアコン部門が創ったアセンブラソースを読む。

 マイコンが処理できるのは機械語だけだ。その機械語を人間が読めるようにしたものをアセンブラと呼ぶ。だがこれでさえ一般人には暗号の塊に見える。

 この上に来るのが高級言語と呼ばれるもので、C言語などがこれに当たる。

(どうしてCなのかって? 最初はA言語でその進化形がB言語。そして次がC言語だったというわけだ。後はこの派生でC#やVC++などが後続で生まれている)


「どうですか。どこか直すべきところはありますか?」

 I課長が訊く。

「まず第一に」と答える。

「変数名に女性の名前を使うのは止めてください」

 変数名がすべてコードを書いた人の過去の彼女の名前になっている。このプログラムの作成者はひどい馬鹿だ。

 とてもプロの現場とは思えなかった。上司が怒鳴りつけてもよいほどのコード規約違反である。

 こんなものを看過しているI課長はバカか?

 その通りである。


 だがそんなケースばかりでもなかった。

 インバータ操作をアセンブラで組んである。1ミリ秒に一回呼び出される処理で複雑な三角関数計算をやっている。

 大変だったがコードの実行速度をすべて計算してみた。結果は990マイクロ秒。つまりマイコンの全実行時間の99%をこの計算ルーチンが使っている。恐ろしく工夫されたルーチンだ。これが100%に達したときにこのプログラムは破綻する。

 試しに自分でも同じ機能を作ってみたが結果は102%。

 なるほどこれは見事なアセンブラブログラムだ。そしてこの余った1%の処理能力で残りすべての機能が実現されている。設計者以外は誰も気がつかない綱渡りである。

 プログラムは個人の創り出すアートだ。人によりその結果は大きく異なる。


 この会社のエアコンは日本ではマイナーだが、中東ではブランドである。

 かって中東に売り込みをかけていたとき、他社のエアコンに比べてこの会社のエアコンだけは気温が高くても動作した。

 それが信用となり、ついにはブランドに昇格したのである。

 これには理由がある。

 外気温が高いとき、室外機が壊れるのを防ぐ目的で高温を検出して動作を停止するという安全機構がある。この会社のエアコンにはそれがついていなかったのが停止しなかった原因である。

 災い転じて福となす。何が幸いするか分からないものである。

 一番不思議に思うのは、きちんと市場調査をやっていれば他社は自分のところの商品が売れない理由を知り、改造することができたに違いないことだ。

 その程度のこともやらないのが現代の日本の会社の特徴である。

 昭和の狂ったような高度成長時代には鵜の目鷹の目で改良点を探していた日本の会社がよくぞここまで落ちぶれたものだと思う。

 これは技術陣ではなく、むしろ営業側の問題である。お客のつけたクレームが技術側にフィードバックされないのである。


 例えば営業から動きません直してくださいとクレームが入る。

「動きませんだけでは分かりません。前面パネルに故障時の報告が出るようになっています。LEDの点滅回数を数えて教えてください」

 そう指摘する。

 動かないと一言言えば、ああそれはこういう原因でこうすればとたちまちにして返事が返って来る・・わけがない。

 質問している営業の人も自分の発言がおかしいとは思わないのだろうか?

 まあそういう人は最初から営業はやらないのかも知れない。

 さてこちらかの依頼に対して、返って来る答えは『解決しました』である。

 つまり営業の人間は難しいことをやりたくないから、初期故障扱いで製品を丸ごと交換してクレーム対処したのだ。されなら最初からそうすればよいのに。

 さらにはこうして回収した製品は技術側に送られることなくそのまま破棄される。これでは決して改良のしようがない。


 日本の技術が衰退した原因はこの営業のやる気の無さに半分以上の責任があると、私は考えている。

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