第11話 終着点

 エアコン作りの仕事は大詰めに来ていた。

 だが、終結しない。

 原因はベテランのN氏である。

 製品仕様書には幾つもの矛盾があり、これをそのまま放置していると製品にはできない。

 そこで仕様上の問題をN氏に訊くと、ここはこうなるんだよ、と返事が返って来る。それに合わせてプログラムを修正し試験部門に送る。これが一連の作業の1セット。

 問題はそうして作ったものが検査部門で弾かれてしまうことである。仕様書と動作が異なるらしい。どこにも存在しない仕様とどう動作が異なるのかは説明がない。

 実に不思議な会社である。

 そこでN氏に訊くと前回と違う答えが返って来る。そこでまたもや修正する。そしてまたもや検査で弾かれる。

 N氏に三回同じことを訊くと三回とも違う答えが返って来る。つまり論理ではなく気分で答えているのだ。本人の顔には緊張の欠片もない。

 これは形こそ違えど、Tちゃんの『あとちょっと』と同じ受け答えである。今数秒が凌げればよいという考え方だ。じきに相手が呆れて離れていく。それが狙いだ。

 馬鹿を相手にしているといつまで経っても製品は完成しない。

 どこまで行っても、出会うのはダボハゼ技術者というのはどういうことだ。自分の嘆きは深い。


 いつまでも解決しない仕事に会議が開かれた。

 N氏の上司であるI課長がタバコに火をつけると、ふううっとこちらの顔に吹き付けてきた。こういうことを本当にする人間がこの世に存在するとは思わなかった。

「どういうことです?」ドヤ顔で尋ねて来た。

 鳴り物入りで入って来たのに全然仕事ができないじゃないか。そういう含みがある。そのためにわざわざ今まで見たことのない人たちも呼びつけての会議だ。私が駄目な人間であることを周囲に印象づけようとしている。

 どういうことも、こういうことも、貴方が割りつけて来たそこのダボハゼ技術者が駄目駄目なのがいけないのですよ。そう言いたいのをぐっと飲み込む。言い訳よりは素早く修正、という立場を貫く。

 とにもかくにも、N氏が関わっている以上作業は進まない。頭を一つ飛び越してI課長に質問をぶつけることにした。


 どこにも書かれていない仕様の穴を紙に書く。想定される動作は三つ。

「お望みの動作はこのどれですか?」I課長に訊く。

「これです」

 しばらく眺めた後にI課長が一番目を指さす。

 十五分ほどで修正し、できたものをI課長に渡す。

 しばらくするとI課長がニヤニヤしながら帰って来た。

「動きません。どうなっているんです?」

 鬼の首でも取ったかのようなドヤ顔だ。見ていて殺意が湧く。

 どうなっているもこうなっているも、貴方の指示通りに作っているんですよ。

 動作を描いた紙を見せ、内容を確かめる。

 この通りに作っているのですが?

「ああ、ここはこうじゃありません」I課長が説明する。「こうです」

 二番目の図を指さした。

 お前、やっぱりバカだな? 言葉にはしない。

 五分でその通りに直す。

 半ば予想した通り、検査部門で弾かれて来た。

「駄目でした」またもやI課長のドヤ顔。

 同じ光景が繰り返された。

「すみません。こっちです」I課長が答える。

 三種類しか無い動作で、どうして最後まで正解が出ない?

 お前、本物のバカだろ?

 ・・と叫びたいのを我慢して修正を続けた。

「動きました」

 なぜかまたもやドヤ顔である。やり遂げたという顔をしている。

 最初からN氏ではなくマトモなハード屋を割り付けてくれていたら、要らなかった作業だ。まあ最初から失敗させるのを目的としてI課長が割り付けた人員なのだから不思議はないが。


 ある日ぱったりとクレームが来なくなった。

 完成したのである。作成者が正しい仕様に到達したときに、プログラムは完成する。


 新人たちと一緒に椅子に崩れおちる。新人たちだけだ、真面目に会社員をやっているのは。後は全部、会社ごっこを演じているのに過ぎない。

 ここは大きなお遊戯場だ。

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