第9話 日常は平和なり
ウチの猫は諦めがついたようだ。外に出ようという行動がまったく見られなくなってきた。
歳も取ったし、そもそも今では去勢されているので、外回りの要求が無いのかも知れない。
それでも窓掛けエアコンの上に座り込んで、二階の窓から夜に通り過ぎる車のライトを見ている姿に、少しばかりの罪悪感を感じた。
広島の家はすぐ隣が造成中の山だったので、遊び場には事欠かなかった。
庭に木切れが投げ込まれていると思って良く見たら実はそれはイタチで目が合ってしまった覚えがある。
ここは街中なのでそんなことはない。
奇妙なマンションであった。
ある日突然刑事たちがやってきて、二つ隣の住人について尋ねる。長野県警の人たちで、神奈川県まではるばると逃走中の泥棒を逮捕にやって来たと説明した。
刑事がそんなに出張をするなんて初めて知った。
夜中に階段に出て歌を歌うスキンヘッドの兄ちゃんがいた。怖いので誰も注意なんかしなかった。
角の部屋には夫婦者が入る。一年経つと夫婦仲がひどく悪くなりご近所中に聞えるような大ゲンカをすると消え去る。恐らく離婚したのだろう。次の年になるとやはり同じような夫婦者が入り、まったく同じ経過を辿ると大ゲンカをして消える。それが毎年繰り返される。
告知義務は無いのだろうが、それでも悲劇を生みだす部屋である。
夢の中に出てくるその部屋には一階二階を貫く大きな黒い人影が棲んでいる。
ときたま、大家かその眷属がカリフラワーの塊をサービスとして、階下の集合郵便箱の辺りにダンボールで置いておく。すぐに無くなってしまうが、実際に野菜を持って行っているのが住人なのかただの通行人なのかは不明である。
古新聞の回収は盛んだ。溜まった漫画を捨てるのが大変なので、他の部屋が出した古新聞の山の横についでに出しておく。次の日に見てみるとうちが出した漫画だけ蹴り倒してある。新聞回収の連中は分類も何もなく機械的に回収しているので、蹴り倒したのは元の新聞を出した人だろう。
その行為に何の意味があるのだろう?
自分たちは新聞を取っているのだぞという謎の優越感だろうか?
心の貧しい人の所業に触れると、魂が傷つくのが判る。
そもそも古新聞一塊でトイレットペーパー一巻である。誰がいるものかそんなもの。
それでも私生活はまずは平和であった。嵐が吹き荒れているのは職場である。
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