第6話 もっと素早く
第二次世界大戦の頃、日本のゼロ戦エースパイロットに部下の一人が訊ねたそうな。
「どうやったらエースパイロットになれるのですか?」
「目を鍛えろ。敵より早く相手を見つけるんだ」
答えは明確。でもそれは次の質問を生み出す。
「どうやったら目を鍛えることができるのですか?」
「昼間でも星を見ろ。星を見つめる訓練をするんだ」
昼間に星を見る。その部下がこの言葉を冗談と捕らえたのかどうかは判らない。だが、私はそれが冗談ではないのは判る。
かって古代のエジプトでの神官の採用試験は、オリオン座の近くにある星を見つけることだった。その星は長い間現実には存在しない架空の星だと考えられてきた。やがて天体望遠鏡が進歩するとその星が実在することが判った。
肉眼では決して見えないはずの光度である八等星だったのだ。
人間の体というものは意識して鍛えると、とんでもない働きをする。まだ顕微鏡が発明されていなかった中世ヨーロッパに、肉眼で細菌を見てスケッチした人もいるぐらいなのだから。
この質問をした部下が、果たしてそのエースパロットの言葉を守ったかどうかは判らない。例え自分の命がかかっていても、わずかな努力さえ怠るのが人間というもの。
下についた部下には口を酸っぱくして言った。
本を読めと。
技術雑誌は自分のポケットマネーで山ほど買って会社に置いてある。勉強するネタには事欠かない。どれでもいいから本を読めと。
ひらひら蝶のT氏は朝から晩まで技術雑誌を読んでいる。だがそれは仕事をやりたくないので暇潰しで読んでいるのであって、技術を追求するために読んでいるのではない。それでも、最新技術の名称については良く知っているので、あいつはできる奴だ、との評判を得る。こちらは朝から晩まで激務で本を読む暇がない。あまりにも不公平だ。
それでも部下には本を読んで勉強させたい。
ではどうすれば良いのか?
与えられた仕事を一分でも一秒でも早く片付けて、空いた時間で本を読めばよいのだ。時間が少しでも空いたからと言って、すぐに次の仕事を押し込むようなむごい真似は、自分にはされても他人にはしない、それぐらいの矜持はある。
「仕事を少しでも早くですか?」S君が聞いた。
「こうやるんだ」実践して見せた。
まず大きく息を吸って、そして止める。そのままパソコンに向かって、プログラムを書き始める。息を止めたままパソコン画面二枚分のプログラムを書き上げ、息を吐き出す。 ぶはあああ~。危なく死ぬ所だった。
「どうだ判ったか?」
「無理です」
一言の下に却下すると、それ以降S君はこちらを無視した。
無理だと諦めたら何も進まないだろうが、と心の中で舌打ちしたがそれ以上は言わない。彼の人生は彼の物だ。結局はどんな人間も自分が望んだ方向にしか歩かない。
結局彼は二年間の間に一冊しか本を読まなかった。
また別の部下は、黙々と仕事をこなし、内容を熟考し、進行具合を相談し、意見を求めた。
こちらが何も言わなくてもできる人間はできる。自分で様々な技術書を読み、勉強し、研究し、人に聞く。努力して、みるみる内に力を付け、頼もしい人物へと成長する。できない子こそ可愛いとは言うが、それは女性の特性なのかも知れない。男性はやはりやる気のある人間を好む。歯を食いしばり、学ぶことの苦痛に耐えているのだから、その努力を認めてやるべきなのだ。
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