第3話 クレーム

 会社での作業が始まった。

 四人バラバラの部門の作業へと狩り出された。

 今や部長となったMさんは大忙しである。あちらこちらの部門のコンサルタントのようなことをやらされている。百近い仕事を片付けて来た経験豊富な人物なのだからむしろ当然である。

 T氏はエアコン部門でテスト用の何かの基板を組むことなった。

 Tちゃんは同じくエアコン部門の一部へと席が用意された。彼はこれ以降滅多に姿を見ることもなく、消えていくことになる。中小企業にはマウスをただひたすらカチカチするだけで片付くような仕事は存在しないからだ。

 私にはエアコンを制御するソフトを作る仕事に放り込まれた。入りたての新人が一人下についた。


 机はお古だったが、椅子は都合がつかなかったようで、新品の購入が認められた。

 M部長が新しい椅子を発注する。

 椅子はオフィス用の機能性椅子である。一日座業をして手を使うプログラマなどが疲れにくいように手もたれが付いている。

 これにどこか上の方から次のようなクレームがついた。

『手もたれが付いた椅子は、管理職だけの特権である』

 馬鹿ではないかと思った。

 プログラミング作業者がどれだけ手を酷使するのか、それを少しでも減らすための工夫が、ここの管理職たちのなけなしの権威を傷つける。

 どうすればそこまで情けない考え方ができるのかと、聞いているこちらが悲しくなってしまった。大の大人が口にして良いセリフではない。

 せっかく歳を取って成長させた精神が放つ言葉がそれとは、まさに自分はゴミのような人生を送ってきましたと公言しているに等しい。

 M部長はこれを一笑に付して、私の椅子を取り上げることはしなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る