第84話 異端のエルフよ



 額を矢で射抜かれた、ワンタト。

 見開かれた瞳に小さな人影が映る。


「……だ、誰だ、お前? エルフ女なのか?」


「そうよ。ほとんどの魔力を使い果たしちゃったから、もう一つ・・・の姿に戻ってしまったわ……まぁでも、こちらの方が『弓使い』として精度を発揮しやすいんだけどね。特に胸のがね……」


 ワンタトの目の前に、弓矢を構えるエルフ族の少女が立っていた。


 長い水色髪を靡かせた、小柄で華奢な綺麗な顔立ちをした美少女。

 よく見ると全身に損傷を負っているが、穏やかな口調や声質は明らかに、エアルウェンそのものだ。


 そう――この小柄な美少女こそが、以前のエアルウェンであり嘗て『伝説の弓使いレジェンド・アーチャー』と称された本来の姿である。


「ぐふっ!」


 ワンタトは弱点である頭部をピンポイントで射抜かれ吐血する。

 全身の力を失い、膝から崩れ落ちて倒れた。

 同時に浮遊していた矢印群も一斉に消滅していく。


 エアルウェンは弓を構えたまま、ゆっくりとした足取りで魔族少年に近づく。


「小細工なしの弓矢攻撃なら魔力探知は不可能でしょ? お姉さんのこと魔法士だと決めつけていたから、その心理を突かせてもらったわ。魔族だって、よく平気で嘘をついて人を騙すでしょ? あと矢は返してね、坊や」


 額から矢を引き抜き回収すると、ワンタトの全身が黒色色に染まって崩れていく。


「……な、何がお姉さんだ……その姿、ボ、ボクとそう変わらないんじゃないか?」


「こう見ても750歳よ。坊やとは年季が違うってわけ。あと見た目は大事よ。だから信頼する仲間でもこの姿は見せないつもり……そういう約束で住んでいた森を抜けて魔法士になれたんだけどね。ワケありなのは、グレンくんだけじゃないってことよ」


 エアルウェンは思い返す――。



 彼女は長い時を生きている間、何度か勇者パーティに加わることで閉鎖的なエルフの森から外界に触れることができた。


 本来、エルフ族はその特殊な種族性から他文化との交流には積極的ではなく、その他種族を圧倒する美しさと長寿ぶりから生殖と繁殖本能が希薄である。

 また他者に無関心で無欲であるが故に滅びの道を歩んでいると言われていた。


 対して森で定められた掟は絶対であり、破れば厳しく罰せられてしまう。

 特にエアルウェンはハイエルフという、エルフ族の中では貴族に値する血統であった。

 したがって、より厳しい制約をなされていたのだ。


「――エアルース・・・・・よ。これまでの功績を称え、お前が森を抜けることは認めよう。ただし、お前が我が種族の英雄『伝説の弓使いレジェンド・アーチャー』であることを知られてはならぬ、それが条件だ。もし破られたら精霊王の怒りを買い、お前の魂は冥府へと誘われるだろう」


「わかったわ、長老。これからは魔法士を目指す異端のエルフ、エアルウェンってことにするわね」


 エルフ族の長老はエアルウェンに呪術を施した。

 魔力で姿を変え、今の妖艶で大人びた彼女となったのだ。

 ただし魔力切れを起こした際のみ、以前の姿に戻ってしまう。


 だからこそ誰にも知られるわけにはいかない。

 そうなれば精霊王の怒りで、エアルウェンに死が訪れるからだ。

 

 唯一知られていい存在は、これから死にゆく者のみ。

 死人に口なし、共に冥土に持って行かせればいい。


「くっ、ボクだって……もう少し、早く生まれていれば……ちくしょう――」


 ワンタトの全身に亀裂が走り崩れ去り、黒い粒子状の灰となって消滅する。

 唯一、両角だけがその場に残された。


 決着がついた途端、エアルウェンは膝を崩し座り込む。


「……勝ったのはいいけど、結構なダメージを負ったわ。それに付け焼き刃の《隠密行動魔法ステルス》を使ったせいで魔力もほぼ残っていない……」


 魔法研究の極みとも言える、《特異改良魔法ユニークマジック》は絶対的かつ強力無比な分、通常の魔法よりも魔力が桁違いに消費してしまう。

 熟練した高位の魔族でさえ、他の魔法を捨て《特異改良魔法ユニークマジック》一択で戦う理由もそこにある。


「とにかく魔力を回復させないと普段の姿に戻れないわ……特にグレンくんの前じゃ晒せない。お姉さんだから……ね」


 グレンと同様に複雑な事情を抱えている、エアルウェン。

 魔力を回復させるため、誰にも見られないよう身を隠すことにした。



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