第79話 心眼のマウルス戦



 心眼のマウルス。

 といっても、今は《多眼の魔法マルチアイズ》の効果で身体中から周囲にかけて眼球だらけなのだが……。


 そのマウルスが、パルシャの反応を見て「フン」と鼻を鳴らした。


「まぁいい。弟子である小娘よ、貴様を殺せば師であるギムルとて自ずから出てくるかもしれぬ。あるいは臆病風に吹かれて死ぬまで出て来ない腰抜けかだ」


「師匠は腰抜けじゃないニャッ! 老いぼれてもお前なんか負けないニャッ!」


「なら弟子の貴様が証明してみせろ、獅子獣人族ライオットの小娘よ!」


 マウルスは身の丈ほどの剣身を持つ大剣を軽々と片腕で持ち上げ突進する。

 パルシャは後方へと飛び跳ねるも、まるで機械のように正確に追尾して押し迫るマウルス。

 巨漢の割には異常に足が速い。


 いや少し違う。


 パルシャの動きが全て読まれていた。

 飛び跳ねる瞬間から予備動作に至るまで、全ての行動が完璧に予測されている。

 したがってタイムロスなく、寧ろ相手の先手を取った動きが実現されていたのだ。


「言ったろ! 周囲の《多眼の魔法マルチアイズ》で貴様の動きを全て捉えていると! 髪の毛一本の流れから、筋肉細部の動きまで見切っているわ!」


 マウルスは大剣に魔力を宿し剣撃を放つ。

 魔騎士としての技だ。


 ――絶魔烈刃斬インテンス・スラッシュ


「ウギャッ!」


 パルシャの頭上から巨大な刃が迫ってくる。

 すかさず戦斧を翳し防御することで、直撃こそ免れるが防ぎ切れなかった。


 剣撃が右肩側へと流れ強引に押されていく。

 右肩に刃が食い込み、そのまま石床に叩きつけられた。

 陥没する石畳に鮮血が飛び散る。


 マウルスは深追いせず剣を引き抜き、三歩ほど後方に下がった。


「……獣人族ならではの直感、あるいは備わっている戦闘センスか。攻撃に反応した防御ではなく、命を繋ぐため生存本能での防御。あと二年ほど経てば、ギムル以上の戦士となる器だぞ」


「う、ぐっ……」


 パルシャはふらつきながら立ち上がる。

 防御してなければ袈裟斬りで身体が真っ二つになっていたに違いない。


「だからこそ、ここで始末しなければならない。貴様の潜在能力は脅威すぎる――魔族は人族と異なり、敵への感情や強さの期待などせん! 脅威となる者はその場で殺す!」


「……こ、こっちこそ、勝てる戦いを放棄するつもりはないニャ」


「なんだと?」


 マウルスは癇に障ったのか動きを止めた。


「お前は今でもギムル師匠に怯えている……そんな奴にパルが負けるわけがないニャ! 何故ならパルは師匠を超えるため日々頑張っているからニャッ!」


 パルシャはこれまでの修行してきた日々を思い返す。



◇◆◇



 21年前、魔王が斃され魔王軍は衰退の一途を辿っている。

 だが魔族自体の脅威は健在であり、残党軍を含む各地に猛威を振るっていた。


 パルシャが生まれ育った村もその影響を受けており、彼女が5歳の頃に魔族に滅ぼされている。

 その時、偶然に通りかかったドワーフ族の戦士ギムルに助けられ、唯一生き残ったパルシャは彼に引き取られることになった。


 当時のギムルは前魔王との戦いの後遺症で左腕が麻痺している。

 しかし右腕だけで戦斧を振るい、次々と魔族達を蹴散らし追い払った。

 ドワーフ戦士の強さに憧れ、パルシャはギムルに弟子入りしたようなものだ。


 それから7年後――とある修行中にて。



「パルシャよ。お前はアホだ」


「うにゃギムル師匠、相変わらず身も蓋もないニャ!」


「……アホだが根性だけは誰にも負けない。それに勇猛果敢だ……オレは時に、そんなお前が羨ましく思える」


「師匠は勇敢じゃないニャ?」


「……オレは臆病者だ。実はシジンよりもな……ドワーフだから物怖じしないように見られるが、どの戦闘も強敵を前では常にガクブルだった。しかし俺の背後には、いつもグレンがいてくれた」


 ギムルは震える麻痺し今も痙攣する左腕を押えた。



―――――――――――


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