第62話 敵わない相手


アムティアside



 私はワザと強く咳払いをして見せる。


「んん! エアル殿、そろそろ野営地を中心に結界魔法を施してほしいのだが!?」


「あらぁ、ごめんなさい」


 エアルウェンは師匠から離れると、腰をくねらせながら私に近づいてきた。


「……ヤキモチ焼かないでね、アムちゃん。お姉さんもアムちゃんの気持ち尊重しているからね」


「エ、エアル殿……な、何を戯けたことを!?」


「でもアムちゃんが本気になっちゃうだけに、グレンくんって魅力的なのよね……だから、時折つまみ食いしちゃうかも」


「エアル殿!?」


「フフフ、ごめんなさい。冗談よ」


 そう言いながら、エアルウェンは魔杖を出現させ結界魔法を施しに向かった。


 ……私はあのエルフ殿に揶揄われているのだろうか?

 ついそう過った。

 あのイクトが追放され亡き者となって以来、彼女の師匠へのアプローチが過激になっているような気がする。


 エルフ族は美男美女が多い種族だ。

 大抵は私と同じ世代の美少女風だが、あのエアルウェンはやたら大人っぽく妖艶だ。

 特にあの胸……私も多少は自信がある方だが、まるでメロンではないか。


 グレン師匠が「乳好きそっち」かは謎だが、通常の男なら迫られたらイチコロかもしれん。

 弟子として気をつけねば……。


「……アム様、エアルお姉ちゃんはグレンの何をつまみ食いしょうとしているの?」


 無垢な美少女、リフィナが何気に訊いてきた。


「リフィナは知らなくていい内容だ……それよりも師匠の仕事を手伝ってくれぬか? そうすれば、ご褒美に頭を撫でてくれるぞ」


「……うん、そうする」


 リフィナはゆったりとした神官服を引き摺りながら、グレン師匠の下へと駆けて行く。

 あの子もすっかり師匠に懐いてしまったものだ。


 勇者パーティ結成当初のリフィナは、男性に対して相当警戒していた。

 グレン師匠も対象であり、その時は私やエアルウェンの陰に隠れていたものだ。

 空気を読まないイクトはそんなのお構いなしに、リフィナを追いかけ回し何度も泣かしていたけどな。


 けどグレン師匠は違う。

 この方は人の気持ちを汲み空気が読める方だ。


 少しずつリフィナの凍った心を溶かし打ち解けて、今では親子ではないかというくらい師匠に甘えている。

 昔、死んだ父親を思い出してか、よく師匠に頭を撫でてもらうことを要求していた。

 グレン師匠も疎ましがらず、リフィナを受け入れ仲間として接しながら彼女の甘えに応じて、ご褒美と称して頭を撫でてくれている。


 その光景を見たイクトは何を思ってか、リフィナの頭を勝手に撫でてしまい、とうとう彼女をガチギレさせてしまった。

 ついにリフィナから唾を吐かれるほど関係性を悪化させてしまう……本当にどうしょうもない男だ。


 まぁどちらにせよ、私にとってリフィナは何も問題ない。

 あの子は異性としてでなく、父親代わりとして師匠を慕っているだけだからな。

 寧ろ微笑ましく見守ってしまいたくなる。


「うにゃ、グレン。寝る前にパルに算数を教えてくれニャ」


「わかったよ。まず足し算をしっかり覚えてから引き算な。俺はパルシャなら掛け算まで覚えられると信じているぞ」


「わかったニャッ、頑張るニャ!」


 パルシャはそのぅ……まぁいいだろう。

 身体はしっかりと大人で顔立ちも可愛らしく綺麗な獅子獣人族ライオットの美少女だが……まぁオツムがアレだからな。


 グレン師匠とて恋愛対象にしないだろう……。


 ……恋愛対象か。


 私が知る限り、師匠は誰とも恋愛をしたことがない。

 如何に母や姉達、周囲の女性に言い寄られようとのらりくらりと躱している。

 

 そんなグレン師匠を安心して見られる分、逆に不安を覚える。


 私はその理由がわかっているからだ。


 ――勇者ナギサ。


 グレン師匠は未だ彼女を忘れられず愛している。

 彼にとって、ナギサ殿が亡くなった16年前のまま時間が停止しているようだ。


 私が共に戦ったセイリア姉上から聞いた限り、前魔王との最終決戦で勇者ナギサはグレン師匠を庇い壮絶な死を迎えたらしい。

 グレン師匠は「あの時はそうするしかなかった……」と割り切りながら、心の奥では今も悔んでいる。


 フォルセア王国を見渡せる高台の地。

 そこで勇者ナギサが眠っている。


 私もグレン師匠に何度か連れてもらったことがあった。

 その時の師匠の表情はとても切なく、あの顔を思い出しただけでも胸が締め付けられてしまう。


 ――きっと私は永遠にこの女性ひとには敵わない。


 同時にそう悟ったからだ。


 けど、私はそれでも構わない。


 グレン師匠を我が師として慕い敬いつつ、この方の傍にいられてさえすればいいのだ。


 年齢差など関係ない。

 私は初めてお会いした時から、グレン師匠のことが――。



―――――――――――


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