第39話 疾風鎌のハイマー


イクトside



 僕はイクト、元勇者さ。


 仲間だった兄貴キャラのおっさんことグレン兄ぃの罠により濡れ衣を着せられ、婚約者だったアムティアを寝取られ、さらに僕を慕っていた仲間のエアルウェンとリフィナを奪われてしまった哀れな主人公だ(全て本人の妄想です)。


 今じゃ勇者職を剥奪され、孤島の監獄に移送されそうになっている。

 事実上、追放イベント真っ只中だろう。


 しかし兵士達が異様に騒ぎ始め、僕は目を覚ました。

 なんと魔王軍の魔族が待ち伏せ、僕が乗る馬車に襲撃を仕掛けてきたんだ。


 僕は鉄格子の檻に閉じ込められており手枷と足枷、さらに口枷と鼻フックにより身動きが取れない。

 え? 鼻フックって何よって? それは看守兵達の嫌がらせさ。

 きっとイケメンの僕に嫉妬したのだろう。



 激しい喧騒と金属同士のぶつかり合う音が響き渡る。

 すると突如、僕を乗せた荷馬車が横転してしまった。


「ぶごぉ!?」


 僕まで吹き飛ばされ、鉄格子に後頭部を強打してしまう。

 ちくしょう! 痛てぇな! 最近ついて無さすぎじゃね!?

 

 しかし、これはチャンスだ。


 どうせNPCの兵士が魔族に勝てる筈はない。

 必ずイモ引くに決まっている。

 んで殺されたくない助けてくれと、僕に泣きつく筈だ。


 そして解放された僕がちゃちゃっと魔族達を瞬殺すれば冤罪は認められ、晴れて勇者に戻ることができるだろう。

 あとはグレン兄ぃを弾劾し逆追放すればいいだけのこと。


 追放系や復讐モノのムーブとして良く出来たシナリオじゃないか?


 だけど誰も助けに来ない。

 それどころか、しーんと静まり返ってしまった。



 斬ッ!



 不意に横転している鉄製の底部分が切断されてしまう。

 巨大で半透明の手が軽々と鉄格子を強引に捻じ曲げ裂いている。

 よく見ると、その手は風を纏っているように見えた。


「――やはりおりましたね、勇者。待ち伏せていた甲斐がありました」


 壊した鉄格子を押し退け、そいつは姿を現す。

 

 貴族の衣装を身に纏った人族風の男。

 よく手入れされた金色の長髪に頭には山羊のような両角が生えている。

 両耳も若干長く先端が尖っていた。


 若く涼しげな紳士風の顔立ちだが、血の色に染められた縦割れの瞳孔を宿している。

 さらに口元には鋭い牙が見え隠れしていた。


 その手には半透明の巨大な何かを持っており、風を宿した魔神のような手の形となっている。

 これで鉄格子を意図も容易く引き裂き粉砕したのだろう。


 にしてもこいつは……間違いない。


 ――魔族だ。


 奴は僕を凝視しながら胸元から一枚の紙を取り出し、「ん? ん?」とか首を傾げながら見比べている。


「はて? 可笑しいですね……あの『岩鉄のムーヴァ』殿を斃した勇者と似ても似つかぬ容姿。別人でしょうか?」


 岩鉄のムーヴァ?

 ああ商業国で僕が斃した魔王軍の幹部だ。

 つい勢い余ってNPC民もヤッちゃったアレね。


 きっとあの紙には、僕の似顔絵が描かれているのだろう。

 今の僕は普段のイケメンと異なり、鼻フックのせいで人相が変わっている。

 だから気づかないんだ。


 問答無用でキルされないようだし、これはこれでラッキーかもしれない。

 けどまさか忌まわしき鼻フックで命を救われる時が来るとは……。


「貴方は勇者ですか?」


 魔族の男は聞くも僕が答えられる筈はない。

 だって口枷させられているんだもん。


「ああ、拘束されているんでしたね? それなりに強力な魔法が込められているようですが、この程度の拘束具も抜け出せない者が、我らが宿敵の勇者である筈がありませんね……とんだハズレか。懐柔した人族の情報も当てにならない」


 魔族の男はそう呟き、人差し指を振るう。

 すると、僕を拘束していた手枷と足枷に風が覆い「パキン」と音を立て壊された。


 あの魔法学連協会の本部長である魔法士シジンが魔法で施した拘束具をこうもあっさりと……こいつ結構ヤバイぞ!


「人族の礼節に乗っ取り名乗りましょう――私は『疾風鎌カマイタチのハイマー』。まだ若輩の新参者ですが魔王軍の幹部候補、男爵の地位にあります」


 そういやグレン兄ぃが言ってたな……。

 魔族は統制を保つため、捕食する人族の文化を取り入れていると。

 中でも貴族制度を重んじ、強い魔族ほど高位の身分であるとか。


 したがって男爵は下位の方だけど、このハイマーと名乗る魔族は明らかにそれ以上の実力者だ。

 おそらく勇者である僕を暗殺することで名を上げて出世を目指しているに違いない。



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