第38話 鼻フック外せよ!



 イクトの異変に看守兵も気づき、覗き用の小窓から覗き込む。

 《呪われし苦痛カース・ペインの効力で悶え苦しみ悲鳴を上げている最中だ。


「どうやら逃走しようと魔法を発動したようだぞ。バカな奴め」


「やはり口枷が必要のようだ……まったく学習しない愚か者よ」


 間もなく激痛が消失したと同時に、イクトは口枷と何故か鼻フックまで施された。

 その無様すぎる顔に看守兵が「ウケるわ、マジで~! ハハハッ」と爆笑している。


(クソォォォッ! どうして僕がこんな目に……鼻フックいらねーじゃん! いやそうじゃない! なんて屈辱だ! こんなの僕の人生初めてだ! 日本じゃ苦労知らずのリア充で順風満帆で愛されキャラだったのに……クソッタレがぁぁぁぁ!!!)


 そう。


 イクトこと「鈴木 郁斗」は代議士の息子として生まれた。

 俗にいう上級国民として徹底された英才教育の下、成績は優秀でスポーツも万能だった。

 

 おまけに社交的であり愛嬌もある。

 整った容姿も相俟ってクラスでは人気者で女子にモテていた。

 

 決して悪人ではないが善人とも言えない。

 彼に唯一欠けていたのは常識とモラル、そして人格である。


 基本、自分本位であり他人がどうなろうと知ったことではない。

 誰かが困っていようと決して手を差し伸べることなくスルーする。

 良心が痛むことなど決してない癖に、他人の注目は常に浴びたく群れを好む。


 おまけに常に自分の都合の良いように解釈して妄想し、決めつけてしまう質の悪さを兼ね備えていた。


 さらに異世界転生モノの小説やゲームなどこよなく愛し、ああいう主人公に憧れ厨二病を発し自己陶酔する。


 実際この世界でも同じことをしたら、きっとバカウケで俺TUEEEのハーレム展開が待っているだろうと後先考えず安易に振舞っていた。


 ――その結果が今のイクトだ。


 もろ自分に超巨大ブーメランがぶっ刺さっている状況だろう。


 しかしイクトは納得してないし反省すらしない。

 そもそも自分は悪くないと思っている。


 全てラノベやゲームというマニュアルに沿ってやったまでのこと。


 ただ僕はそれを実行しているだけだ。

 それの何が悪い?

 あっちの主人公達なんて、みんな努力せず気楽に幸せになっているじゃないか。


 マジでこの異世界、超駄作のクソゲーだ。



(僕はまだ終わっていないぞ……大切な婚約者と仲間達はおっさんに寝取られたけど、諦めずに戦えばきっと最後は僕が勝つ! 目指せ、ざまぁ展開だ!)


 別にこれといった根拠はないが、ミスターポジティブのイクトはそう信じる。

 まさに復讐モノの主人公だと、自分に酔いしれていた。




 翌朝。


 イクトは拘束されたまま鉄格子の檻ごと荷馬車に乗せられていた。

 顔には口枷と鼻フックを付けられたまま王都の街中を晒されている。


「……おい、あれが勇者を剥奪されたっていう犯罪者か?」


「ああ商業国で民100人以上も、魔王軍の幹部ごとヤッちまった殺人鬼らしい」


「いっそ死刑になればいいのに……フォルセア王国、いやラグロン大陸の恥だぜ」


「にしても、あいつの顔可笑しくね? 豚みてぇな顔、ギャハハハ!」


「……本当だっさ」


「私達を笑わせたいの? 反省してないんじゃないの?」


「カッコ悪……余計に寒いわ」


 民達の呆れた呟きと失笑が漏れている。

 中には「恥さらしがくたばれ!」と叫び、檻に向けて石を投げる者もいた。


(クソォ! つい最近まで羨望の眼差しで見られていたのになんて屈辱だ!? それに何故笑う!? この鼻フックだな!? 鼻フックのせいで僕のイケメン顔が台無しになっているんだ! ちくしょう、外せぇぇぇ!!!)


 民達の誹謗中傷や自分が犯した罪よりも、看守兵に施された鼻フックを気にして怒りを燃やしている、イクト。

 ある意味、メンタル最強としか言えない。



 荷馬車はフォルセア王国を抜け、海岸の港町へと向かう。

 そこまで辿り着くまで五日を要し、さらに監獄の孤島まで輸送船で三日は掛かる。


 移動してから二日後。

 運転する兵士達が異様にざわつき始める。


「――ま、魔族だ! 魔王軍が待ち伏せて襲ってきたぞ!!!」


 騒然となる中、呑気に寝ていたイクトは目を覚ました。



―――――――――――


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