第37話 地下牢のイクト




 フォルセア王国の地下牢。


 石造りに頑丈な鉄格子が設置されている。

 衛生面が行き届いているとは言えず、暗く薄汚れじめっとしている。


 さらに幾つも並ぶ鉄格子の最奥側には大きな鉄の扉が設置されおり、そこに彼の姿があった。


 つい先日まで「厄災の勇者」と畏怖された男――イクトだ。


 肝心の魔法使用能力を封じられたとはいえ、女神から与えられし《恩寵能力ギフトスキル》は健在だ。

 おまけに投獄される以前の狂人ぶりが祟り、強力な魔法が込められた鎖に縛られ十字架に張りつけられていた。


「ちょっとぉ、看守さん。僕をここから出してよぉ。どうして主人公の勇者である僕が、こんな暗くて臭い場所で縛られなきゃいけないのさぁ。酷くない?」


 イクトは鉄扉越しに厳重体制で立っている二人の看守兵に向かって、ひたすら訴えている。

 あの時、グレンに殴られた頬は腫れこそ引いているが歯が抜け落ちたままだ。


「うるさい黙れ! 貴様は自分が何をしたのかわかってないのか!?」


「そうだ! 村や町を破壊しただけならまだしも大勢の民を巻き込み命を奪い、よりによって陛下まで暴挙を……それでも勇者か、外道め!」


 看守達は真っ当な怒りをぶつける。

 イクトのせいで、フォルセア王国の評判は地に落ちたようなものだ。

 真面目に働き愛国心溢れる彼らにとって、イクトは疫病神でしかない。


「ああ、その件ね……僕はまだ発展途上で完成されてないんだよ。だから成長を温かく見守ってくれよ」


「何を言っている? 貴様は色々な意味で完成されているじゃないか?」


「とくに脳ミソがな。手遅れにも程がある。その有様が何よりの証拠だろ?」


 皮肉を込めて嘲笑う看守達。


 イクトは「チッ」と舌打ちをした。

 未だに自分は一切悪いとは思っていない。


 あくまでラノベやゲームに則って戦った結果だと思っている。

 その世界だって犠牲はつきものだった筈だ。


 だがいくら好き勝手にチートを振るおうと異世界の住人、特にヒロイン達は主人公を「凄いです勇者様!」と持ち上げ称賛してくれているじゃないか。


 だがこの世界の女達はどうだ?


 やれやりすぎだの、どう責任を取るつもりだの、ギャーギャー怒鳴り散らしてばかり。

 おまけに戦闘に参加しない雑用係のおっさんばかりチヤホヤしやがる。


 こんな展開が許されていい筈がない。

 某ラノベサイトの感想欄なら荒れて炎上すらしているだろう。


「これはグレン兄ぃの罠だ……主人公の僕を陥れるための罠。現に婚約者であるアムティアは寝取られ、エアルウェンとリフィナも気づけば懐柔されて身も心も奪われていた。おまけに勇者職まで剥奪されてしまうなんて……これって典型的な復讐モノ展開じゃね?」


 またイクトの思考が逸脱した厨二病の妄想世界へとトリップしていく。

 こうなれば誰も彼を止めることができない。


「復讐モノといえば決め台詞はアレだな……こうして僕は仲間達に裏切られ全てを失ってしまった。そして心に潜む闇の力が目覚めていく――ってみないな」



「貴様ァ、うるさいぞ! 何一人でブツブツ言っている! 次に妙なこと言っていたら、口を塞ぐぞ!」


「そうだ! どうせ貴様は明日の朝には監獄へ移送されるのだ! それまで大人しくしていろ!」


 看守兵に怒鳴られ、イクトは「……すみません」と小声で謝罪する。


 イクトは明日、ラグロン大陸から遠く離れた孤島の監獄へと投獄されるため出発することになっていた。

 そこは一度入ってしまえば、死ぬまで抜け出すことのできない凄惨な生き地獄だと言う。

 さらに囚人達も極悪人の変態ばかりであり、常人では二日も生存できないとか。


(んなとこ、ぜってぇ美少女なんていないじゃん。異世界ラノベの主人公が孤島の監獄に行かされるなんて読んだことないぞ! そもそも美少女無しなんて需要ねーだろ? もういいわ、とっとと魔法で抜け出してやるわ――)


 イクトはそう思い《無尽蔵超魔力インイグゾースティブル》で魔力を高め魔法をイメージする。


 が、


「いでぇぇぇぇぇぇ! 身体中が痛いぃぃぃぃ!! 痛いよぉぉぉぉぉ――!!!」


 絶叫するほどの激痛に見舞われてしまう。

 魔法士シジンに植え付けられた《呪われし苦痛カース・ペイン》の効力だ。

 現にイクトの皮膚から黒く太い血管が浮き出され全身を蝕んでいる。



―――――――――――


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