神様が死んだ日【64作目】


 宙の神が死んだ。

 流れ星一つ落ちてきた。

 それは卵のように脈動している。

 花嵐尊<ハナアラシノミコト>が見つけた。

「其方は何処の者也や?」

 卵は熱を欲した。孵るための熱を。

「然すれば其方に春を授けようぞ。我は花嵐尊、春と咲く者故。」

 春を宿した卵はその殻を破り、中より蟲が這い出てきた。

 蟲は荒れた大地を食み、見る間に肥えてゆく。

 しかし、灼熱の魔手が蟲を干からびさせる。

 黒南風尊<クロハエノミコト>が見つけた。

「君は何処へ行かばや?」

 蟲は水を欲した。命の水を。

「然すれば君に夏を授けようぞ。我は黒南風尊。夏と降る者故。」

 夏を宿した蟲はその身を潤し、やがて蛹となった。

 蛹は時化た大海を渡り、いよいよ羽化の時。

 しかし、荒れ狂う大風がそれを妨げる。

 イナサヒメが見つけた。

「貴方は何にならばや?」

 蛹は夜を欲した。静かなる夜を。

「然すれば貴方に秋を授けようぞ。我はイナサヒメ。秋と添う者故。」

 秋を宿した蛹はその背を割り、中より大きな蝶が現れた。

 蝶は羽を躍らせ、雲一つない大空を舞う。

 しかし、口を持たぬ蝶はあっという間に瘦せ衰えて地上に堕ちる。

 オロシヒメが見つけた。

「汝は何を望むや?」

 蝶は死を欲した。暗澹たる死を。

「然すれば汝に冬を授けようぞ。我はオロシヒメ。冬と積もる者故。」

 冬を宿した蝶はその肢体を横たえ、海の上に浮かび上がった。

 蝶の周りで四季の神達が輪を作る。

『我ら巡り廻りて星の夢。此れより国生みの儀を執り行う。』

 蝶の体はバラバラに引き裂かれ、やがて4つの島となった。

「其方の喜びにぽかぽかと花咲く熱を。」

 花嵐尊が暖かな東風を吹かせ、

「君の怒りにしとしとと降る雨を。」

 黒南風尊が恵みの雨を降らせ、

「貴方の哀しみに赤赤と寄り添う夜を。」

 イナサヒメが夜の帳を下ろし、

「汝の楽しみにしんしんと積もる死を。」

 オロシヒメが牡丹雪を積もらせる。

『我ら巡り廻りて星の風。星の命もまた巡る。』

 島には草木が生い茂り、獣達が住み着く。

『我ら巡り廻りて星の声。今日よりこの島国を「日本国」と定める。』

 こうして、神の死体を基にして日本という国が生まれた。春は暖かく、夏には雨が、秋には紅葉が、冬には雪が降る。

 時々死んだ神が鼾をかくものだから地震は絶えないし、季節の神達も喧嘩して台風となることもあるが、それが日本という国なのだ。

 神が死んだ日。それは長い永い時を経て、いつしかこう呼ばれるようになった。

 建国記念日、と。

(989字)

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【1000字短編集】神様が死んだ日 鬼非鬼 つー @tsu_alice_kibiki

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