第5話 魔人と手を組む元英雄
人にはない黒い角と真紅の瞳を持った白髪の少女。
目の前にいる魔人の子供のことを思い出した。
この子は輝利哉の動画で見た非戦の魔人だ。
動画の時も今もそうだが、あちらからは攻めてくる様子はない。
念の為、魔法で鏡花の周りに防壁を作ってから、試しに意思疎通を行うことにする。
「君、人の言葉はわかるか?」
「わかる。私たちとあなたたちの言葉は同じ言葉だ」
しっかりとした返事が返ってきたことに驚く。
俺が出会った魔人が発した声といえば呻き声や叫び声が多かったからだ。
「そうなのか。それはよかった。単刀直入に聞くが、君は争う気はないと思っていいか?」
「それでいい。私は同族から追われているからな。外からの来るものからも目の敵にされればとてもではないがやっていけない。それよりも先ほど酷い状態で入ってきたが何かあったのか?」
「俺も君と同じようなものだ。今同族から襲撃を受けて命からがらダンジョンに入って、傷を癒しに来たところだ。申し訳ないが、追っ手が入ってきて迷惑をかけるかもしれない」
「追っ手が来るのは襲撃者側の都合だ。そちらは悪くない。それにこちらとっていつ何時追っ手に襲撃されるかわからぬ身だ」
状況は同じで、遭遇する危険も同じ。
相手は12年前に暴虐の限りを尽くした魔人ではあるが、言葉や態度を見る限り理性的な人物だ。
手を組み協力した方がいいだろう。
「状況は同じか。なら手を組まないか?」
「ふむ。同じ問題に直面しているからな。確かに協力した方がいいのは自明だな。2人いれば寝込みをやられる心配をしなくていいし」
「じゃあ、OKってことでいいな」
「ああ、見たところあなたは腕利きのようだしな。メリットはあってもデメリットはない。よろしく頼む」
「ああ、こちらこそよろしく頼む」
魔人の少女に腕を差し出されたので、こちらも腕を差し出す。
協力関係成立だ。
地上においそれと出れないことを考えると彼女との付き合いは長くなるはずだ。
警戒もあり、あえて妹の鏡花については話していなかったが、不信を招かないためにちゃんと話しておこう。
「身動きのできない妹も同行することになるが、君には迷惑をかけるつもりはないので気にしないでくれ」
「後ろで匿っているものは妹だったか。私にも兄が居た。身動きができないから置いてけとはとてもでは言えないし、君に連れがいることは織り込み済みで協力関係は結んでいる」
「ありがとう」
居たということはいまは居ないということ。
おそらく彼女がお兄さんを失ったのは10年前のモンスター氾濫の時だろう。
人側でも多くの魔人を殺し、魔人側も多くの人を殺した。
「私は礼を言われる立場にないよ。あなたの妹を身動きできなくなったのは私の兄が原因にあるかもしれないからな。妹が身動きできなくなったのは12年前だろう?」
「ああ」
「ならばやはり私の兄が原因にあるな」
「それは違う。俺の妹は魔人に襲われたわけじゃなくて、急に倒れて寝たきりになった。たまたま魔人が地上に出てきた時期と被っただけだ。実際魔人たちが地上から消えても妹は目を覚まさなかった」
「直接手を下さずとも兄を中心に展開した地上に魔力を溢れさせる秘技で何か悪い影響が生じた可能性がある」
魔力を溢れさせる秘技の中心……。
そこまで聞くと兄が誰かわかった。
殺戮の王だ。
彼を倒した途端に魔力が地上から消失した。
魔力を溢れさせる秘技の中心とは彼しかあり得ない。
「そこまで思い詰めなくてもいい。君には何の瑕疵もないのだから。逆に俺が君に謝らなくてはいけない。君の兄を殺したのは俺だ」
俺が仇だという事実を告げると彼女は一瞬沈黙し、目を見開いたがすぐに言葉を紡いだ。
「兄はあなたが殺す前に狂気に飲まれ死んでいた。家族も友も妹の私でさえも区別がつかず暴虐の限りを尽くしたあれは兄とは言えなかった。あれ以上兄の体で兄の名誉を汚すことを止めてくれたあなたには逆によく介錯してくれたと感謝すれど恨むことはない。……そう言えば名前を聞いていなかったな。名前は何と言うんだ?」
「俺の名前は安藤蓮だ」
「レンか。いい名前だ。私の名前はホムラと言う。レン、私たちはもう一度握手を必要があるようだ。よろしく頼む」
殺戮の王の妹ホムラは自分に覚えさせるように俺の名前を呟き自己紹介をすると俺に再び手を差し出してきた。
「ホムラ、こちらこそよろしく頼む」
手を差し出し、握手するとその手は先ほどより重みを伴っているように感じた。
ーーー
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