第37話 今はまだ

 父の書斎に入ってみた。父は自分の書斎に入ることを嫌っていたので、こんなまじまじと見るのは初めてだった。難しそうな本が並んでいる。手に取ってみるけれど、2行くらいでもういいや、ってなるような本ばかりだった。色んな本を順にみていると、1冊のノートがあった。


 古いノート。開いてみると、背表紙の裏に父の文字でこう書いてあった。


「きっと君は笑うだろう」


 それは、学生の頃の父の恋心で。今日は君と1回目があったとか、ポエムとか、そんなのが書いてあった。私は背筋からむず痒くなって、そっとノートを閉じた。こんないわゆる黒歴史をとっておいたなんて。


 父と母は、学生の頃からの付き合いだと聞いている。きっと、この相手は母なのだろう。


「きっと、君は笑うだろう」


 その、相手は母だろう。きっと母は笑うに違いない。でも、気丈にふるまっている今は泣いてしまうかもしれないから。


 そっとノートを元の位置に戻した。きっともう少ししたら父との楽しい思い出を母と一緒に語るから。そうなった時に、まだノートを見つけていなかったら、そっとその場所を教えよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る