第36話 緑の庭の物語       

 ありふれた日常。それが真紀の世界の全てだった。大学を卒業して、地元の図書館で働き始めてからというもの、彼女の日々はほとんど変わり映えしなかった。本に囲まれた静かな環境は心地よいが、時に彼女を飲み込むような静寂に襲われることもあった。しかし、それが絵理にとっては安心できる場所でもあった。


 ある晴れた春の日、彼女の日常は小さな変化を迎える。図書館に、一冊の古い絵本が寄贈されたのだ。その本は、真紀が子供の頃に母から読んでもらった、とても懐かしい一冊だった。タイトルは「緑の庭の物語」。この絵本を手に取った瞬間、真紀の心は懐かしさでいっぱいになり、幼い日の記憶が蘇ってきた。


 昔大好きだった本。絵理はその絵本を開いた。緑の香りと薔薇の匂いが蘇ってくる。この本を片手に色んな庭を見て回った。絵本のような美しいイングリッシュガーデン。そう、そして幼い私は見つけたんだ。絵本のようなお庭を。


 あの庭はどこだっけ。それから絵里の週末は少し変わった。あの庭を探すべく、街を歩いた。そして、コロッケのおいしい肉屋さん、安くて新鮮な八百屋さん、ハーブ専門のカフェなどいろんなものを街で見つけた。存外いい場所に住んでいたのだと真紀は嬉しくなった。


 そして、とうとう真紀は見つけた。思い出のあの庭を。そう、子供の時も、この緑の生垣の側からとてもいい花の匂いがしたんだ。真紀は記憶を頼りに庭の周りをまわると、下に小さな穴があるのだ。そう、幼い私はここを通って中に入ったんだ。そして、どうしたんだっけ。


 悩んで私はしゃがんで、中を覗いた。小さい隙間から手入れの行き届いた美しい庭が見える。ああ、これだと。思っていると、猫が横を通りすぎていった。


「あらあら、いらっしゃい。」


 品のいい声が聞こえた。


「あら、誰かいるの?」


「す、すみません!」


 私は慌てて立ち上がる。生垣の向こうから、優しい笑い声が聞こえる。


「お庭が気になるの?お嬢さん。」


「あ、はい、小さい頃に緑の庭の物語という絵本を読んで、それで…」


 真紀は思わずしどろもどろになる。


「緑の庭の物語?あら、貴方もしかして、真紀ちゃん?」


「え、は、はい!」


「懐かしいわねえ。おあがりなさいな。」


 そう言って、家の扉を開けてくれたその白い髪がふわふわとしている老婦人の笑顔は、とても懐かしいものだった。


「真紀ちゃん。大きくなって。」


「お久しぶりです。」


 そうだ。小さい頃、あの穴から入って庭を見た私を、この人は優しく迎えてくれた。そして


「ハーブティでも飲んでいく?」


 そうやって、私は初めてハーブティのおいしさを知ったのだ。


 そうして、私は週末時々その家を訪れて、老婦人と庭でハーブティを飲むようになった。それはとても豊かな時間で、帰りにコロッケや野菜を買って帰るのだ。ありふれた日常があの庭のように色鮮やかになった。

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