第24話 初恋

「こんにちわ。」


 そう言ってみて、私は挨拶が合っているかどうか不安になった。中学の一つ上の先輩にすれ違ったのだ。青木大志先輩。多分、向こうは私の名前も知らないだろう。だから、少しでも、少しでもアピールしたいと、次すれ違う時は挨拶すると決めていたのだ。一瞬の間。怖い。お疲れ様です、とかの方がよかったのかな。


「こんにちわ。」


 返してくれた!私は真っ赤になって、音楽のノートで顔を隠して足早に階段を降りていく。後ろから「え、知ってるやつ?」って一緒にいた先輩が聞いてる。答えを聞きたくなくて、急いで曲がった。


 挨拶してくれた!挨拶してくれた!


 もう今日はそれだけで、いい夢がみれそうだった。好きになったのなんて、本当に他愛もない。今と同じように移動教室の時に、筆箱を落としたのだ。お気に入りのキャラクターが書いてある布製の筆箱。そしたら、たまたま青木先輩が拾って、埃を払って、


「よかった、汚れてない。」


 そういって、笑顔で私に返してくれた。それだけで私は初めてに近い恋をした。自分の大切なものを、大切にしてくれる仕草が、愛おしかったのだ。それから、誰か名前を知らないか聞いて、名前を知っただけで、嬉しかった。「青木大志」なんてノートに書いて、なんてかっこいい名前なんだろう、なんて思ったりした。


 少しずつでいいから近づくのだ。次すれ違ったら、「青木先輩、こんにちわ」って言ってみるのだ。ダメかな。急に名前呼ばれたら、気持ち悪がられるかな。なんて、最近の私の頭の中は青木先輩でいっぱいだ。


 音楽の移動教室の時にすれ違うことが多いと気づき、私は週に1回のこの移動教室にかけているといってよかった。


 1週間経った。今日の移動でまた青木先輩とすれ違ったら、笑顔で「青木先輩、こんにちわ」と言うのだ。ドキドキしながら、階段の踊り場で、私は先輩を少し待った。彼は下からやってきた。


「あ、青木先輩、こんにちわ。」


 顔も見れなくて、足早に過ぎようとすると、


「宮下さん、こんにちわ。」


 そんな声が聞こえてきた。驚いて振り返ると、青木先輩の隣に女性がいた。


「知ってる子?」


「1年の子らしいよ。」


 振り返らなければよかった。女性の手は、青木先輩の腕に捕まっていた。さっきまでの、膨らんだ幸せがパチンと弾けてしまった。私は動けなくなって、チャイムがなるまで、二人が消えた階段を見つめていた。

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