第15話 桜のせい

 灰色の空から降り注ぐ雨は、街の色をさらに薄暗くしていた。

 

 男は濡れた新聞を頭に乗せ、急いでアパートの方向へ足を進めた。雨に濡れた新聞は彼の手についた血をにじませた。その血は、昨夜の事件の唯一の証拠であった。


「あなた、どこかケガをしているの?」


声をかけられ、男は驚いて振り返ると、心配そうな表情の若い女性が傘を差し出して立っていた。男は知られるわけにはいかなかった。これが自分の血ではないことを。


「大したことない」と彼は強がりを見せ、その場を離れようと急いだが、女性の目はなぜか彼を離さなかった。


「それ、貴方の血?」


女性の鋭い質問に、男は一瞬動きを止め、


「違う。ただの事故だったんだ」と言い訳をした。


「そう、ならば見なかったことにするわ。」


彼女は謎めいた微笑を浮かべながら、傘をさらに高く差し上げ、マコトを雨から守ろうとした。


「おい、近づくんじゃねぇよ!」


男の声には明らかな警戒が込められていたが、女性は動じず、


「大丈夫、私は誰にも言わない。ただ、誰かの役に立ちたいだけ」


と静かに答えた。


「役に立ちたい?はっ。ならもっと早く助けて欲しかったよ。」


「何かできることがあるかしら」


と静かに答えた彼女。


「じゃあ、あいつを殺したのはお前だってことにしてくれ。」


彼女は一瞬息をのんだが、彼の絶望に満ちた目を見て、深くため息をつきながら頷いた。


「わかった、その代わり、二度とこのようなことがないように約束して。」


「嘘だろう?何も聞かずに?」


彼女は、


「私には、あなたがどうしてそういう選択をしたのか理解できないかもしれない。でも、今はあなたを助けることができるのが、私にできる唯一のことだから。」


と静かにった。


「嘘だよ。黙っててくれるだけでいい。」


と男はいった。


「それなら、それでいいわ。あなたの秘密は、私とこの雨と桜の木だけが知っていることにしましょう」


と優しく言葉を返した。


「雨は信用ならないね。」


そう言ってマコトは足早に灰色の街へと消えていった。彼女は彼の後ろ姿を見送りながら、ぽつぽつと雨が強くなるのを感じた。


「でも、桜は信じてくれるはず」


とつぶやき、彼が消えた方向に深く祈るように目を閉じ消えていった。


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