第12話 ひと匙の愛情
「昼飯を作ってくれないか。味噌汁と飯だけでいいから。」
そう父が言ったのは、母の遺品を整理している時であった。味噌汁だけ、でもめんどくさいことを、台所に立ったことのない父は知らないのだろう。
けれど、私はチャンスだと思った。母は料理上手で、味噌汁も格別だった。家をでてから、多少自炊するものの母の味噌汁の味にはならなかったのだ。何が違うのか、いつか聞こうと思ったまま、この日が来てしまった。
いりこから出汁を取っていたのだろうか、それとも鰹節?もしかしたらどちらもだろうか。台所にヒントがあるに違いない。ご飯を炊飯器に入れてから、私は台所を探し始めた。
結果、いりこも鰹節も見つからなかったが、ちょっとよさげなだしパックを見つけた。味噌も地元のものだった。これが、味の違いだったのだろうか。冷蔵庫を探して、まだ生きていたジャガイモと玉ねぎで味噌汁を作る。
母に会えるかと思って、味見をしてみた。おいしかったけれど、やはり母と味が違う。何が違うのだろう。
考えていると、新聞を読みだしていた父が、こちらを振り返らずに言った。
「冷凍庫に柚胡椒が入っているから一匙入れろ。」
「柚胡椒?」
味噌汁に柚胡椒を入れるとは私は聞いたことがないけれど、冷凍庫には確かに柚胡椒があった。父に言われた通り一匙入れる。
「これだ…。」
母の味だった。
「どうして柚胡椒なんて入れたんだろう。」
「俺もお前も辛党だからな。母さんだけの時は入れないんだ。」
そうだったのか。私はこの一匙を知らなかった。そして、その一匙を父はちゃんと知っていたんだ。
ご飯が炊けた音がした。この一匙の愛情を、味わう昼ご飯になりそうだ。
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