第10話 貴方を知りたい。

「貴方を知りたい。」


 彼女はそういった。


「どうして?」


 馬鹿みたいに僕はそう聞いた。


 初夏の風が吹いてくる、青い空の日だった。


「このままだと、私たち、別れるしかないと思うの。」


「こんなにうまくいってるのに?」


 彼女は座った僕の体に抱きついているのだ。これ以上ないくらいに体はくっついている。僕は彼女の長い髪を弄んでいる。


「貴方完璧なんだもん。」


「それの何がダメなんだい。」


「あのね、電子レンジが壊れたの。」


「それはいけない。買い替えに行こうか。」


「スイッチを入れるところだけ、何回か押さないとだめなの。ねぇ、それってすごいことだと思わない?」


「どうして?」


「新品の時は個性なんてないのに、壊れる時だけ、個性がでるの。私、きっとスイッチだけ押す力が強いのよ。」


「よく使うからだろう。」


「ほら、やっぱり。」


 そう言って、彼女は僕の顔を真正面からみる。彼女の潤んだ瞳が僕の目と合う。


「だから、私は貴方を知りたいの。」


 まだ、初夏の風は冷たい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る