第8話 黄昏の十字架
珈琲の深い茶色が、私の顔をぼんやりと映している。24歳にしては随分やつれている顔。櫛を通していない髪。カサカサの唇は液体に映っても潤うことがない。
久々に水以外の液体を胃に入れたら、キリキリと痛んで動けなくなってしまった。泣く気力なんてとうにない。
なぜ、最後にこんなところに入ってしまったのだろう。女子高校生の楽しそうな声が気になって、私は足元に置いているホームセンターの袋をそっと壁側に寄せた。
せっかく買った珈琲も少し残して、私は重い袋を持って歩く。重くて大きくて私は両手で必死に持って帰った。私は一体何をやっているんだろう。
涙は出なくても、汗はでた。水を飲むか考えたが、今から死ぬのに意味はないと思った。
練炭は大きなサイズしかなかった。これをどうやって燃やせばいいのだろう。火災報知器がなったりしないだろうか。心配になり、買ってきた練炭を探ってみれば、手が真っ黒になった。
仕方ないので手を洗い、ついでに水を飲んだ。
さて。
昨日は首をつってみようと物干しざおにロープを括り付けてみたが、苦しくて途中でやめた後が残っていた。縄も重くて昨日も一生懸命持って帰った。
西日が入って来て、ちょうど影が十字架になって自分の自分を照らした。
私は、イエスキリストになろうとしているんだろうか。
ふいにそう思った。なれないのに。自分は何者にもなれないのに。
ピンポーン。
チャイムがなった。珍しすぎて、自分の家のチャイムか戸惑った。
ピンポーン。
扉を開いてみると警察がいた。
「〇〇さんですか。ちょっとホームセンターの方から連絡がありまして。」
警察は部屋を見渡すと、くくりつけられたロープが見えたようだ。
「…ちょっとゆっくりお話し聞かせてください。」
「助けてください。」
初めて、言えた。
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