第3話 風の名前

人と言うのは何にでも名前をつけたがる。


形のあるものだけじゃない、形のないものにも名前をつけたがる。


「ねえ、これはなんていうのかな?これは?」


鼻からチューブを付けた幼い女の子が病室からベンチでうたたねしている私に仕切りに声をかける。窓一つ仕切りがあるのに、一生懸命絵本をこちらに見せては聞いてくる。


知らん。


私は少々汚れているので、病室の中に行くのは叶わないし、何より種類が違う。私には学もない。


「ふわふわー。」


このボサボサ頭を捕まえて、フワフワというのか。ふーん。


振り返ってみると何やら寂しそうな顔をしているので、しょうがなしに、私はそのノミだらけの頭を少女のいる窓に押し付けてやる。


「触りたいなあ。」


どうしてこれをみて触りたいなのか、私にはさっぱりわからない。


「お名前はー?」


知らん。


私はフィッとその場を去った。


なぜ、人は名前を欲しがるのだろう。


けれど、窓を介した触れ合いは、それからもトントンと行われた。


ある日、ベッドに横になったままの少女はチューブを外された。


真白い顔。


私はあれはさすがに知っている。


あれは「死」だ。


フイっと私はまた窓から離れて、ベンチでうたたねを始める。


人は何にでも名前をつけたがる。


なら、私も一つ名前を付けよう。


この私の髭をかすかに揺らすだけの風に「猫の涙」と。

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