第33話

 ムカデ競争は恙なく終わった。

 気になることがあるとすれば、リリィが注意散漫だったことくらいだろう。


 それに練習の時と違い、距離が遠かった気がする。 

 いや、練習の時はむしろくっ付き過ぎだったので、むしろ丁度良いくらいだが。


「じゃあ、借り物競争、行ってくるから」

『……はい』

「……リリィ、大丈夫か? 保健室、行く?」


 本当に体調が悪そうに見える。

 美聡に付き添ってもらい、保健室に行かせるか。


 もしくは俺が保健室に行くか。


『……放っておいてください』


 落ち込んだ声でそう言われてしまった。

 時間が迫っているし、無理に保健室に連れて行くわけにはいかない。


「そうか。……無理するなよ?」

『はい。……分かっています』


 生気のない声でリリィは答えた。

 俺は少し迷いながらも、運動場に向かう。


 借り物競争が始まる前に、チラっと保護者席の方へと視線を向ける。

 そこには母と、そして父もいた。

 こちらに手を振っているので、軽く振って返しておく。


 二人が揃うのは珍しい。

 リリィのおかげだな。


 そんなことを考えているうちに、競技が始まった。


 ゴールの手前に置いてある紙を一枚、選ぶ。

 ここに書いてあるモノを、どこかから借りて来ればいい。


 楽な内容が良いんだが、さて内容は……。


「マジか」


 楽っちゃ楽だが、面倒くさいモノだった。

 盛り上がるのは分かるが、借りる人、借りられる人の身になって欲しい。


「仕方がない」


 俺は真っ直ぐ、自分のクラスの応援席に向かう。

 そしてぐったりとしているリリィに声を掛けた。


「リリィ」

『……何ですか』

「大丈夫か?」

『大丈夫です。……何をしに来たんですか?』


 どこか拗ねたような、投げやりな声でリリィはこちらを睨んできた。

 体調が悪いわけではなさそうだが……。

 不機嫌そうだ。


 うーん、頼みづらい。


「借り物競争、協力して欲しいんだけど……」


 俺は遠慮がちに紙をリリィの前で広げた。

 リリィはそれを興味なさ気に見つめ、そして……。


 顔を上げた。


『ミサトじゃなくて、いいんですか?』


 驚いた表情でそう言った。

 確かにリリィの次は、ミサトだろうけど。


「リリィが一番だから」

『そ、そう、ですか……?』

「体調悪いなら、別の人に代わってもらうけど……」


 やっぱり、体調悪い人に頼むものじゃないよな。

 そう思いながら俺が踵を返そうとすると……。


『待ってください!!』


 服を掴まれた。 


『私が行きます!!』


 リリィは立ち上がりながら、そう言った。

 ついさっきまでの不機嫌そうな顔がどこへやら。

 やる気に満ち溢れている。


 ……頼んでおいてなんだが、現金なやつだな。


「大丈夫か? 体調、悪いんじゃ……」

『元気いっぱいです! それに私の代わりはいないでしょう?』


 リリィはしたり顔を浮かべた。

 いつも通りの、可愛らしいリリィがそこにいた。

 

 やっぱり、リリィはこれくらい調子に乗っている時の方が可愛いな。


『代わりと言っては何ですが……借り物競争が終わった後、お時間、いいですか? 真剣な話があります』


 いつになく、あらたまった顔でリリィはそう言った。

 真剣な話? ……緊張するな。


「いいよ、分かった。じゃあ、行こうか」

「はい」


 俺はリリィの手を握る。

 ビクっとリリィの肩が跳ねた。


「どうした?」

『な、何でもないです』


 リリィは少し赤い顔でそう言った。

 ……照れているのか?

 まあ、内容が内容だし、当然か。


 

 こうして俺は“一番可愛いと思う女の子”の手を握りながら、ゴールした。

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