第28話
体育祭の数日前。
その日の体育は男女混合での、体育祭の練習日だった。
一部競技にはリリィのような未経験者がいる。
最低限のルールや要領を把握することが目的だ。
『まだ五月なのに、随分、暑いですね』
リリィは太陽を見上げながら呟いた。
学校指定の体操服を着ている。
髪は動きやすいように、ポニーテールにしていた。
「日本の五月は、こんなもんだよ」
「……そうですか」
リリィは眉を潜めた。
よく見ると白い肌に、薄っすらと汗が浮かんでいる。
イギリス人のリリィにとっては、この時期でも十分、暑いようだ。
「じろじろ、みないでください。……えっち」
リリィはそう言いながら、足をモジっとさせた。
我が校の体操服の女子ズボンは、丈が少し短めだ。
だからリリィの白くて長い脚が目立つ。
「ああ、悪い」
俺は目を逸らした。
そういう意図はなかったんだけど……。
指摘されると、いろいろ気になってしまう。
リリィのようにスタイルの良い女の子が、体操服を着ると、その体の凹凸が浮き彫りになる。
目に毒だ。
「早く、練習しない? 時間は限られてるんだし」
「……どうして、あなたまで」
練習しようと急かした美聡を、リリィが睨みつけた。
美聡も俺たちと同じ競技に参加する。
リリィはそれが不満らしい。
仲が悪いのか、良いのか、分からない。
「ジャンケンで負けたから。早く練習しましょう? ムカデ競争」
ムカデ競争。
複数人の競技者が縦一列に並び、足を前後で結び、ゴールまで競争するという競技だ。
二人三脚の多人数、縦バージョンと言ったところだろう。
なお、我が校では五人でやる。
「……じゃま、しないでくださいね」
「ちゃんと真剣にやるわよ?」
「そっちじゃないです」
リリィと美聡は俺を挟み、足をロープで結びながら、喧嘩を始める。
息を合わせないといけない競技なのに……。
選択、間違えたか?
「そーた、みさとと、くっつきすぎです」
練習を始めてすぐ、リリィが後ろから文句を言った。
先頭が美聡で、俺がその後ろ、その後ろがリリィだ。
なお、その後ろには同じクラスの女子、次にクラスの男子と続く。
「いや、これくらい、くっ付かないと危ないし……」
美聡が相手だから、遠慮なく、くっ付いているのはあるけど。
というか……。
「というか、リリィこそ、くっ付き過ぎじゃ……」
「ふつう、です」
普通、だろうか?
背中に柔らかい物が、ずっと当たってるんだが……。
それにリリィが話すたびに、吐息が耳元を擽る。
時折、後ろから甘酸っぱい香りが漂ってくる。
「聡太、もっとくっ付いてもいいよ?」
「ミサト!」
「頼むから、喧嘩しないでくれ」
思ったんだが、これ、男女混合でやっちゃダメな競技だろ……。
私、アメリア・リリィ・スタッフォードが日本に留学に来て、約一か月。
学校から帰った後、私は洗濯をしていた。
「ふふん」
鼻歌を歌いながら、洗濯機に洗い物を放り込んでいく。
最初は洗濯機の使い方も分からなかった私だが、今は完璧だ。
立派なお嫁さんに近づいている。
「……あっ」
これは、ソータの体操服だ。
ほんのりと湿っているのは、汗だろう。
今日の体育の記憶が蘇ってくる。
体育祭でやる、ムカデ競争の練習をしたのだ。
ムカデ競争では、前の人に体を密着させないといけない。
そこで私は仕方がなく、そう、仕方がなく……ソータと体をくっ付けた。
……凄く、良い匂いがした。
「……」
思わず、息を飲む。
つい数時間前まで、ソータが着て、運動していた服だ。
ソータの匂いがまだ、たくさん残っているはず。
胸がドキドキする。
「ダメです。こ、こんなことを、しては……」
本当にダメ?
だって、恋人同士だよ?
ちょっとくらい。
いや、でも、はしたないし……。
「……あぁ」
気が付いたら、私の鼻先は、体操服に付いていた。
もう、止まらない。
止められない。
「すぅー、はぁー」
肺の中がソータでいっぱいになる。
ソータぁ……。
「……これはダメですね」
人をダメにする。
ソータ成分には依存性がある。
私は体操服を洗濯機に放り込んだ。
「やめましょう」
今日のところは。
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以下は5/1に発売される書籍の店舗特典SS(の序盤部分)です。
本編ではありません。
貴族令嬢、納豆を食べる(アニメイト様)
「にほんには、くさった、まめのりょうりが、あるとききました。たべてみたいです」
「あー、うん……あるけど」
リリィの唐突な言葉に俺は頬を掻いた。
腐った豆。
つまり大豆の発酵食品のことだろうけど……。
「もう、たべてるよ」
「……む?」
「味噌は大豆の発酵食品だから。醤油もね」
「……それくらい、しってます」
俺の言葉にリリィは頬を膨らませた。
それは料理じゃなくて、調味料だと言いたいようだ。
「ねばねばしている、やつです」
「あぁ……納豆ね」
「そう、それです。たべて、みたいです」
実のところ、久東家ではリリィが来る以前は、食卓に納豆が出てくることは多々あった。
俺も母も納豆は人並みに好きだ。
しかしイギリス人であるリリィにとっては、納豆は例え食べずとも、匂いだけでも辛いだろう。
そんな配慮から、食べるのを避けていたのだ。
だが一年間納豆断ちするのは、日本人としては少し辛いものがある。
だからこそ、リリィの方から「挑戦したい」と言ってくれたのは、渡りに船だった。
「じゃあ、今日、スーパーで買ってみようか」
「はい」
というわけで、学校の帰り道。スーパーで納豆を購入した。
オーソドックスな糸引き納豆だ。
「開封します」
リリィは納豆のパックを開けた。
「そこそこ、においますね……」
開けた途端、リリィは眉を僅かに顰めた。
そこでやめて置けば良い物を、リリィは何故か納豆に鼻を近づけるという暴挙に出た。
「けほっ……」
小さく、咳き込んだ。
そして涙目で俺を見上げた。
「くさってます」
「発酵だから、大丈夫」
「……このにおいが、ふつう、ですか?」
「そうだよ」
特別、この納豆が痛んでいるわけではない。納豆はデフォルトでこういう臭いなのだ。
俺がそう説明すると、リリィはなるほどと頷いた。
「そ、そう、ですか。……なら、いいです」
リリィは頷くと、恐る恐る箸を納豆に近づけた。
器用に一粒だけ、納豆を摘まむ。
「うっ……」
納豆とパックの間に伸びる糸を前に、リリィは目を逸らした。
「だ、だいじょうぶですか、これ……」
(続きはアニメイト様店舗特典になります)
___
貴族令嬢、饅頭を食べる(ゲーマーズ様)
「おすすめの、わがし。おしえてください」
ある日、スーパーで夕食の材料を買っている最中。
リリィにそんなことを言われた。
言われてみれば、まだリリィが和菓子を食べている姿を見ていない。
せっかく日本に来たことだし、挑戦しないのは勿体ない。
「そうだなぁ。無難なのは、饅頭かな」
和菓子と言えば、餡子。餡子を使った和菓子と言えば、饅頭だ。
大福なんかも餡子が入っていたりするが、餅の触感を受け入れられるか未知数だ。
初心者のリリィには饅頭が良いはず。
「まんじゅう、ですか。……どれですか?」
「これかな」
俺は製菓コーナーで売られている酒饅頭を手に取った。
初心者のリリィにはオーソドックスな物が良いだろう。
「これと、これを買おうか」
「……ふたつ、ですか? おなじに、みえますが」
「中身が少し違う。こっちが、こし餡。こっちが、粒あん。食感が違うんだ」
「ふむ。わかりました」
とりあえず、俺の指示通りに買ってくれるみたいだ。
それから会計を済ませ、帰宅する。
リリィはウキウキとした様子で紅茶を淹れ、早速、饅頭(こし餡)が入った袋を破いた。
「かおりは……わるくないですね」
リリィはまず、饅頭に鼻を近づけ、スンスンと嗅いだ。
それから饅頭を二つに割る。
次に餡子に鼻を近づける。
「なかは……ふしぎな、かおりです」
小豆の香りにリリィは不思議そうに首を傾げた。
やはり餡子を食べた経験が内容だ。
それからリリィはついに饅頭を一口、齧った。
「……!?」
その瞬間、リリィは目を大きく見開いた。
「どうした?」
あまりの驚きように俺は慌ててリリィに尋ねた。
不味かったのだろうか?
「チョコじゃ、ないです……」
どうやら、餡子をチョコレートだと思って食べたらしい。
それで味の違いに困惑したようだ。
(続きはゲーマーズ店舗特典になります)
_________
貴族令嬢、たまごかけご飯を食べる(とらのあな様)
「たまごかけごはん、って、どんなたべものですか?」
ある日、帰宅してからリリィがそんなことを言い出した。
どうやら、学校の女子グループの間で「たまごかけご飯」が話題に上がったらしい。
どんな食べ方が美味しいか、どんなアレンジ方法があるのか。
そんな話で盛り上がったようだ。
日本語の会話自体は聞き取れたが、肝心の「たまごかけご飯」がどんな食べ物なのか、全く想像できず、モヤモヤした気持ちを過ごしたらしい。
「言葉通り、ご飯に卵を掛けた料理……かな?」
料理と言っていいかは怪しいが。
しかし俺の説明では、リリィは納得できないようだ。
「よくわかりません。オムライスとは、なにが、ちがうんですか?」
「あぁ……うーん、そう、だな」
言われてみればオムライスも卵とご飯を合わせた料理だから、たまごかけご飯と言えなくもない。
「見た方が早いかな。作ってあげようか?」
「おねがいします」
リリィは興味津々という表情で頷いた。
作り方は人それぞれだけど、俺が好きな作り方にしよう。
そう決めた俺は冷凍庫から、冷凍されたご飯を取り出し、電子レンジで解凍した。
ご飯は火傷しそうになるくらい、熱くするのがポイントだ。
その間に冷蔵庫から卵を取り出し、器に割り入れる。
この時、卵白と卵黄を分離する。
そしてまず最初に、温めたご飯と卵白を混ぜ合わせる。
最後にくぼみを作り、卵黄を落とす。
「はい、完成」
「……え?」
「調味料は醤油がオススメかな。あとは塩とうま味調味料も合う。味変でオリーブオイルとか、ごま油とか、ラー油とかもいいぞ」
卓上調味料を揃えながら、俺はリリィにそう言った。
しかしリリィは呆然とした表情で、たまごかけご飯を見つめる。
「なま、ですけど」
「生卵をご飯に掛けて食べるのが、たまごかけご飯だ」
「な!」
リリィは驚いた様子で目を見開いた。
(続きはとらのあな様の店舗特典になります
______
貴族令嬢、メロンパンを食べる(メロンブックス様)
下校中。
「にほんのコンビニ、みてみたいです」
リリィがそんなことを言い出した。
というわけで、コンビニに立ち寄ることにした。
「イングランドと、ぜんぜん、ちがいますね!」
リリィは楽しそうに商品棚を眺めた。
そんなリリィが着目したのは、やはり日本独自のおにぎり……。
「……へんなパン、ばっかりです」
ではなく、菓子パンコーナーだった。
どうやらアジア感全開の食べ物よりも、妙にローカライズされているパンなどの方が奇怪に映るらしい。
「ひとつ、かいたいです。そーたのおすすめ、ください」
ふむ、おすすめか。
個人的にこの中で一番好きなのは、これかな。
そう思った俺が焼きそばパンを手に取ると、リリィは首を左右に何度も振った。
「もっと、しょしんしゃむけで……」
どうやら、焼きそばパンは玄人向けに見えるらしい。
……気持ちは分からないでもない。
「初心者向けとなると、これかな?」
「ふむ……。めろんぱん、ですか?」
「うん、合ってるよ」
俺が手に取ったのは、メロンパンだ。
オーソドックスな、中にクリームとかが入っていない。ごく普通のメロンパンだ。
「……くだものが、はいっているんですか?」
「いいや。見た目と、風味だけかな」
「……ふむ。では、それにします」
リリィ基準では、メロンパンは初心者向けのようだ。
コンビニでメロンパンを購入し、帰宅する。
帰宅してから、早速紅茶を淹れ始めた。
どうやら茶請けにするつもりらしい。
「では、早速」
リリィは袋を開け、メロンパンを取り出した。
「ここはかたい、ですね。ビスケットみたいです」
ビスケット生地の部分を、爪で叩きながらリリィは言った。
コツコツとした音が響く。
「ふむ。……においは、メロンですね」
すんすんと香りを嗅ぐ。
それからメロンパンを手で二つに引き裂いた。
「きじは、やわらかいですね」
そしてリリィは小さく千切ったメロンパンを口に入れた。
瞬間、目を大きく見開く。
「パンじゃないです」
開口一番、そう言った。
どうやら想像していた味とは、僅かに方向性が違ったようだ。
____
貴族令嬢、ラーメン屋に行く2(電子書籍用SS)
「そーた、らーめん、たべにいきたいです」
ある日、リリィにラーメンを食べに行きたいと言われた。
先週、普通のラーメン屋と二郎系ラーメン屋にそれぞれ言ったばかりだが……。
「この、いえけい、らーめん、というのを、たべたいです」
今度は家系ラーメンが食べたいらしい。
リリィは携帯の画面を見せながら、俺にそう訴えた。
「みさとが、おいしいと、いってました」
どうやら美聡が余計なことを吹き込んだようだ。
「じゃあ、今週の金曜日、行こうか」
「また、きんようび、ですか?」
「口が臭く……」
「きんようびに、しましょう」
口が臭くなるぞと脅したら、リリィは慌てた様子で頷いた。
金曜日まであと三日。
それくらいあれば、俺の気持ちも戻るだろう。
さて当日。
俺とリリィは目当ての店に向かうと早速食券を購入した。
「お好みはありますか?」
「全部普通で」
「ぜんぶ、ふつうで」
俺とリリィは同じオーダーを頼んだ。
「じゃあ、リリィ。ご飯、取りに行こうか」
「……ごはん? これから、らーめん、ですよね?」
「家系ラーメンは白飯と食うのが醍醐味だ」
「な!」
俺の言葉にリリィは驚いた様子で目を見開いた。
「どっちも、たんすいかぶつ、です! ……か、かみさまが、ゆるしません」
聖書にそんなこと、書いてあったっけ?
(続きは電子書籍に掲載されています)
________
その他、
ゲーマーズ様:「アクリルフィギュア」
とらのあな様:「A3タペストリー」
メロンブックス様:「アクリルスタンド」
が店舗特典にあります。
詳細は以下公式サイトをご確認ください。
https://sneakerbunko.jp/series/kizoku/
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