第29話
洗濯を終えた後。
「へぇ、良いなぁ。体育祭。私もアニメで見たことあるわ! 写真、送ってね?」
「ええ、分かっています」
私は久しぶりに、親友のメアリーと電話で話をしていた。
日本語での会話も慣れて来たが、やはり英語で話をすると、少しホッとする。
ソータも英語は話せるけれど、ネイティブではないし。
「そうそう、テレビ、見たわよ!」
「……テレビ? あぁ、あのインタビューですか?」
ソータと一緒にデートをしている時、私は日本のテレビ局からインタビューを受けた。
日本を訪れた外国人に、「何をしに来たのか」をインタビューし、場合によっては深堀していくみたいな番組だ。
私はしっかりと、「はなよめしゅぎょう」と答えた。
「あれ、イングランドでも放映しているんですか?」
日本の番組だったと思うけれど……。
「まさか。インターネットで見たのよ」
「なるほど」
今の時代、外国のテレビ番組を見るのはそんなに難しいことではない。
てっきり、メアリーはジャパニーズアニメーションしか見ていないと思っていたけれど……。
そういうのも見ているのか。
「SNSでちょっと話題になっててね。気になって見てみたら、あなただったから、驚いたわ」
SNS……。
多分、メアリーのような英語圏のジャパニーズアニメーションオタクが集う、魔境なのだろう。
「話題ですか。どんな風に?」
「おもし……凄く可愛らしい、イングランド人の女性だって」
「ふふ、当然です」
私の可愛さは万国共通、世界一だ。
こんなに可愛い恋人を持っているソータは、幸せ者だ。
「でも、仲良さそうで安心したわ。ちゃんと、恋人しているのね」
「当然です。言ったでしょう? 私とソータは恋人だと」
「ふーん。……ちゃんと好きって伝えた?」
そ、それは……。
「まだ、ですけれど。でも、伝わってるはずです」
「そうねぇ。確かにテレビで見た感じはそんな気はしたけど。あなたと二人きりがいいとか、言ってたし……」
「はい。私のことを『おんなともだち』と言ってくれました」
「……んん? 『おんなともだち』? ……彼はそう言ったの?」
「はい。インタビューの前に、テレビの人にそう紹介してくれましたよ」
インタビューには乗ってなかったけど。
最初に私のことをそう紹介してくれた。
「……リリィ、それ、意味、分かってる?」
「ええ、もちろん。
簡単な日本語の組み合わせだから、意味の推察は容易だ。
実際、私はソータの恋人なのだから、文脈から考えてもそれが正しいはず。
「多分、違うと思うけど……」
「え?」
「日本語の『おんなともだち』は、女の子の友達という意味で、つまりただの友達って意味よ」
「……冗談はやめてください。怒りますよ」
「冗談じゃないけど」
「……」
そ、ん、な、ば、か、な……。
「信じません。そもそも、メアリーは日本語のネイティブじゃないですよね? 適当なことを言わないでください」
「でも、アニメでは……」
「アニメの話を現実に持ち込まないでください。私とソータは恋人同士です。絶対そうです」
「そう。あなたがそう思うなら、いいんじゃない? じゃあ、また今度……」
メアリーの冷たい声に、私はハッとした。
「ごめんなさい。私が悪かったです。見捨てないでください」
ソータに捨てられるなんて嫌だ……。
そんなの耐えられない!
「大丈夫、見捨てないわよ。……それに、私が思うに彼はあなたのこと、好きだと思うわ。イングランドの時の彼しか、知らないけど」
「そ、そうですか? ではなぜ、ただの友達なんて……」
好きなら恋人って言ってくれればいいのに……。
照れ隠し、とか?
「私が思うに、彼はあなたにフラれたと思っているんだと思うわ」
「……どういうこと、ですか?」
フラれた?
私はこんなに、ソータのこと、好きなのに?
「だって、あなた。イングランドから彼が帰国する時、絶交だって、言ったんでしょ?」
「そ、それは……は、半年も前の話ですよ!?」
「そうよ、半年よ。半年間、放っておいたんでしょ?」
「ううっ……」
そ、それは、そうだけど……。
だって、今更、謝れないし。
気まずかったし。
嫌われてたらと思うと、怖くて……。
「で、でも、今はこうして、仲良くしてるんですよ?」
「だから、友達、なんでしょう? 彼もあなたのことが好きだけど、フラれたと思っているから……恋人に戻れているか分からないから、態度が曖昧なのよ」
「な、なるほど……?」
そうだったのか……。
だったら、そう言ってくれればいいのに。
「なら、私はどうすればいいでしょうか?」
「謝りなさい。以前の関係に戻りたいですって」
「……私が謝るんですか?」
「当たり前じゃない。どう考えても、あなたが悪いでしょ?」
「で、でも、恋人を放って……」
「帰国しないわけにはいかないでしょ! ビザだって、切れちゃうんだから」
「で、でも、事前に言ってくれれば、私だって……あんなに突然……」
「言ってたわよ! あなたが聞いてなかったんでしょ!? 仮に彼に非があったとしても、絶交を言い出したのはあなたなんだから、あなたが先に撤回しなさい!」
「そ、そうかも、ですけど。どうやって……」
「絶交って言ってごめんなさい。あなたのことが好きです。恋人に戻してくださいって、頭を下げなさい。これで解決、簡単でしょう?」
「で、でも、もし、嫌われてたら……」
「嫌ってる女の子と、二人きりでデートはしないわよ! あなたは世界一、可愛いんでしょう?」
「そ、そう、ですよね!?」
大丈夫。
ソータは私のことが好き。
ちょっと、勘違いと行き違いがあるだけ。
私は自分に言い聞かせた。
――ミサトのことが、好きなんじゃないか。
そんな一抹の不安を、押し殺すように。
___________
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