第23話

「どう? アメリアちゃん。私の料理」

「……そこそこです」


 美聡が作ったハンバーグを食べながら、リリィは悔しそうな声音でそう言った。

 美味しかったんだろうな。自分が作った物よりも。


 もっとも、美聡の方が料理歴は長い。

 これで美聡がリリィに負ける方が問題だろう。


 ……しかしどうしてリリィは美聡に、そんなに張り合ってるんだ?

 テニスでの対決が尾を引いているのだろうか?




 夕食後。

 後片付けを終えると、美聡はリリィに視線を送ってから、俺の手を引いた。


「せっかくだし、久しぶりに一緒にお風呂、入る?」


 そして大きな声でそう言った。

 何言ってるんだ、こいつ。


「入るわけないだろ」

「でも、聡太、自分で髪の毛、洗えないでしょ?」


 いつの話をしてるんだか。

 まあ、冗談だろうけど……。


「じゃあ、髪を洗ってくれって、言ったら本当に……」


 入ってくれるのか? 

 そう冗談で返そうとした時だった。


『ダメです!!』


 英語で叫びながら、リリィは俺と美聡の手を強引に引き剥がした。

 そして虫を追い払うように、美聡を追い返す。


『一人で入りなさい!』

「冗談だって、もう……本気にしないでよ」

『ソータもです! 何言ってるんですか!!』

「いや、俺も冗談だし。そもそも髪の毛が洗えないなんて……」


 俺が苦笑しながら“冗談”であることを伝えようとすると、リリィはそれを遮るように叫んだ。


『美聡に頼まなくとも、私がいるじゃないですか!』


 うん……?


『私が一緒に入ります。髪の毛、洗ってあげます』


 リリィは顔を真っ赤にしながら言った。 

 そして俺の腕を掴むと、強引に引っ張った。


『さあ、入りましょう!』

『待て、落ち着け、リリィ』

『美聡とは入れて、私とは入れないんですか!』

『美聡とも入らないから』

『でも、昔は入ったんでしょう?』

『大昔だから。小学生の時だから』

『……大丈夫、知っています。日本には裸の付き合いという言葉があると。べ、別に一緒に入るからって、あなたのことが、好きというわけでは、ないですからね? か、勘違いしないでください。ただの、異文化理解です』

『リリィ、待て、聞け! 日本でも、普通は男女で風呂に入らない!』

『でも、美聡と一緒に……』

『だから、それは小学生の時だって。それに俺たちは……』


 今にも風呂に俺を連れ込もうとするリリィを止めたのは……。


「じゃあ、リリィちゃん。私と一緒に、裸の付き合い、しない?」

 

 美聡のそんな言葉だった。

 リリィの動きが止まる。


「……どういう、いみ、ですか?」

「言葉通りだけど? 一緒にお風呂に入りましょう? 女の子同士、いろいろ話したいこともあるんじゃない?」


 美聡の言葉にリリィは少しだけ考え込んだ様子を見せた。

 そしてようやく、俺の腕から手を離した。


「……いいでしょう」


 どうやら俺と一緒に入るのは諦めてくれたようだ。

 俺はホッと一安心する……のも、束の間。


「……そーた」

「な、なんだ?」


 リリィが俺に向き直った。

 まさか、三人で一緒に入ろうとか言い出すんじゃないだろうな……?


『さ、さっきのは、ジョークですから。ブリティッシュジョークです。ほ、本気で、あ、あなたと一緒に、お、お風呂に入ろうとか、思ってませんから。あ、あなたになら、肌を見せてもいいとか、思ってませんから! 結婚するまで、そういうことはダメですからね! か、勘違いしないでください!!』


 早口の英語で捲し立てられた。 

 半分くらい、何言ってるのか分からなかったが……。

 取り敢えず、『ジョーク』と『勘違いするな』までは聞き取れたので、大まかなニュアンスは掴めた。


 さっきのは冗談だったと、そういうことだろう。

 ……もちろん、俺だって冗談だと思ってたよ。


 リリィが俺と一緒に風呂に入りたがるわけ、ないからな。

 ……俺も入りたいなんて、全然、思ってなかった。

 本当だぞ?


「さあさあ、アメリアちゃん。一緒に入りましょう」

「あ、ちょっと。押さないでください」


 美聡はリリィの肩を押しながら、脱衣室へと入った。

 ようやく、これで落ち着ける。


「さあ、服、脱いで……わぁ! アメリアちゃん、相変わらず、えっちなの着てるね!」

「おおげさです。これくらい、ふつう、です」

「いや、でもお尻のところとか、透け透けだし……誰に見せるの? やっぱり、聡太?」

『見せません! あなたも、脱いだらどうですか?』

「アメリアちゃんも、せっかちだなぁ。そんなに私の下着、見たい? ……どう?」

「いいんじゃないんですか?」

「塩対応だなぁ……。もうちょっと、何かないの?」

「しお……? べつに、きょうみ、ないので」

「それにしても、アメリアちゃん、肌も綺麗……わぁ、ツルツル! それ、元々? それとも、処理してるの?」

『大きな声で、言わないでください! そ、ソータに聞こえます!』

「大丈夫だって。これくらい、聞こえないわよ」


 ……聞こえてるぞ。




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①は2話、②は8話、③は10話、④はカクヨム未掲載のシーンです。


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