第20話
五月の大型連休中。
俺はリリィと共に、東京観光にやって来ていた。
旅行と言っても、泊まりではなく、日帰りの小旅行だ。
数日掛けて、東京の観光地や博物館、グルメスポットを案内している。
「あさくさ、たのしかったです。どれも、とっても、おいしかったです」
リリィはお腹を摩りながらそう言った。
満足そうな、幸せそうな表情だ。
今日は浅草寺に案内した。
予想通りではあったが、リリィは食べ歩きを多いに楽しんでくれた。
新しい食べ物を見つけるたびに、目をキラキラさせていた。
……この分だと、下手な観光地に案内するよりも、グルメスポットを中心に回った方が楽しんでくれるかもしれない。
“英国貴族令嬢食い倒れ紀行”
そんなタイトルが思い浮かんだ。
「明日は築地場外市場に行こうか」
「つきじじょうがいしじょう?」
『築地って場所にある、マーケットだ。有名な“食べ歩きスポット”だよ』
あそこもリリィなら気に入るだろう。
両手に食べ物を持っている姿が、目に浮かぶ。
「たべあるき!」
案の定、リリィは目をキラキラさせた。
しかしすぐにわざとらしい、咳払いをする。
『言っておきますが、食べ物にだけ、惹かれているわけではないですから。もちろん、食べ物も美味しいですけれど……それを含めた、街並みとか、異国情緒に惹かれているんです。勘違いしないでくださいね?』
真っ赤な顔で、早口の英語で、リリィは捲し立てた。
別に食べ物にだけ惹かれているだろうとは、言ってないけど……。
「分かってる。築地場外市場も、異国情緒な場所だ」
もちろん、俺は日本人なので異国情緒な雰囲気は感じられないが……。
しかしレトロな雰囲気は、感じないでもない。
イギリス人のリリィからしたら、新鮮に見えるだろう。
『ふ、ふーん。そうですか。……ところで、どんな食べ物がありますか?』
「何でもあるけど。まあ、海鮮がメインかな?」
『海鮮!? ……期待しています』
リリィは口元を緩めながらそう言った。
明日も食い倒れ旅行になりそうだ。
どんな食べ物があるか、事前にリサーチしておこう。
俺がそう考えていると……。
「少しお時間、よろしいですか?」
背後から、声を掛けられた。
振り向くと、そこにはカメラとマイクがあった。
テレビ局の取材だ。
東京観光の帰り道。
私――アメリア・リリィ・スタッフォードが、“つきじじょうがいしじょう”という場所に想いを馳せていると……。
『少しお時間、よろしいですか?』
日本語で声を掛けられた。
カメラとマイクが私に向けられる。
……テレビ局の取材?
私に?
なぜ?
『何でしょうか?』
ソータがスッと、流れるように私の前に立った。
守ってくれるらしい。
……ちょっと嬉しい。
『私たち、こういった番組を作ってまして……』
名刺を差し出し、あれこれ説明しだした。
どうやら日本に来た外国人に、「何をしに来たか」インタビューする番組らしい。
『あぁ、あの……』
ソータの顔に納得の色が浮かぶ。
私は知らないが、ソータは知っているようだ。
有名な番組なのだろうか?
『お兄さんは日本の方ですか? お若いですが、学生さん?』
『えぇ、まあ……高校二年生です』
『そちらのお嬢さんは? どういったご関係で?』
ドキッ。
思わず、心臓が跳ねた。
ソータは私のことを、何と説明するだろうか?
答えを聞くのが、少し怖い。
もちろん、カメラの前だし、それがソータの本音とは限らないけれど……。
『女友達です。日本に、語学留学に来ているんです』
おんなともだち……。
女(girl)……友達(friend)!?
私は顔が熱くなるのを感じた。
ソータったら……。
か、カメラの前で、そんな、大胆に……。
でも、やっぱり、ソータは私のことを恋人だと思ってくれているようだ。
考えてみれば、当然だった。
だって、私たちはこんなに仲良し、ラブラブなのだから。
えへへ。
結婚式はいつ、挙げようかな?
新婚旅行はどこに行こう?
子供は何人、作ろうかな?
やっぱり、ラグビーチームが作れるくらい……。
『それで、どうでしょうか? 取材の方は』
「……リリィ、どうする? テレビ局の取材、受ける?」
ソータにそう聞かれ、私は我に返った。
正直、マスメディアというのはあまり好きじゃない。
あれこれ、貴族(私たち)の私生活を嗅ぎまわっていて、鬱陶しいところがある。
が、今日の私は気分がいい。
答えてあげようじゃないか。
『いいですよ』
私は日本語でそう答えた。
『ありがとうございます! では、早速。……あなたは何しに日本へ?』
私は答えた。
『はなよめしゅぎょうです』
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