第19話

「おあじは、どうですか?」

「美味しいよ。さすがだ」


 味は慣れ親しんだ、普通のオムライスだった。

 つまり美味しい。


「とうぜんです」


 俺の言葉にリリィはしたり顔で胸を張った。

 うっかり胸に視線が行きそうになり、俺は慌ててオムライスの方へと視線を移す。


 さっきの「おっぱいたべてください」が耳から離れない。


「あじは、かんぺきですね」


 リリィもまた自分のオムライスを食べながらそう言った。

 “味は”ということは、その他の点では不満が残っているようだ。

 確かにリリィが食べているオムライスは少し形が崩れている。


「なにか、かいぜんてん、ありますか?」

「改善点か……」


 リリィは自分の料理が、不完全だと思っているようだ。

 ここは「完璧だよ」とお世辞を言うよりは、何かしらの指摘をした方がいいだろう。


 もっとも、味は特に問題ないし。

 見た目も、俺が食べているオムライスは綺麗だし……。


「俺だったら、汁物、付けるかな」

「スープ、ですか」

「そう。凝ったのじゃなくて、コンソメを溶かしただけのやつね」


 コンソメキューブを鍋で溶かして、オムライスに使った玉ねぎでも適当に入れておけば、それっぽいものが出来上がる。

 個人的には何らかの汁物があった方が、どんな食べ物も喉の通りがいい気がする。


「では、こんどから、そうします」

「余裕があればでいいと思うけどね」


 家庭料理ってのはある程度、手を抜いて作るものだと思う。

 毎日、手の込んだものを作っていたら、疲れてしまう。


 俺がそう伝えると、リリィは分かっていると言わんばかりに大きく頷いた。


『あり合わせの食べ物で、手早く、そこそこ美味しい料理を作れて一人前だと、お母様に教わりました』


 一人前って……。

 語学留学に来たはずの貴族令嬢に、何を仕込んでいるんだか。


「これからも、がんばります。きたいして、ください」

「あぁ……うん」


 家事だけじゃなくて、語学も頑張ってね? 




 食後、片付けを終えると俺たちは交代でシャワーを浴びた。

 俺が先に入り、リリィが後に入った。


 ソファーで携帯を弄っていると、後ろから声が聞こえた。


「でました」


 タオルで髪を拭きながら、リリィは脱衣室から出て来た。

 着ているのはいつものネグリジェだ。


 清楚なのにエロくも感じるのが不思議だ。


「そーた」

「……何?」


 リリィは俺のすぐ隣に座った。

 相変わらず、距離が近い。


「ききたいことが、あります」


 あらたまった表情で、リリィは俺との距離をさらに詰めた。

 相変わらず、芸術品のように整った顔だ。

 宝石のように青い瞳に見つめられると、つい緊張してしまう。


「な、何でしょうか?」

「そーたは、わたしのこと……」


 そこまで言いかけ、リリィは無言になった。

 そこで切るなよ。気になるじゃん。


『ソータのお母様は、いつも帰りが遅いですよね?』


 リリィは英語に言語を切り替えた。

 日本語で何と言えばいいか、分からなかったのだろうか?

 「私のこと」の後に繋がっていない気もするが……。


『どうしてでしょうか? ……お金に困っているようには、見えませんが』


 我が家は世間一般的に見れば裕福な部類に入るだろう。

 息子を語学留学させられる程度には、母には収入がある。

 それだけ収入があるのに、働きづめなのがリリィには不思議に見えるのだろう。


『仕事が忙しいから……というよりは、好きだからかな? ああ見えて、社長だし』


 仕事が趣味みたいな人だ。

 家にいるよりは会社にいたいのだろう。


『なるほど。……もう一つ、聞いても、いいですか? その、もしかしたら、不快に感じてしまうかもしれませんが――』

『父親はどうしているのかって?』


 俺が苦笑しながら言うと、リリィは神妙な表情を浮かべた。

 やっぱり、気になるよな。

 先に言っておくべきだったかもしれない。


『離婚しただけだよ。ピンピンしてる』

『……離婚、ですか』


 リリィは深刻そうな声音で呟いた。

 あんまりシリアスな態度を取られると、笑ってしまう。


『今でもたまに連絡取ってるし、会うこともあるから。仲はいいよ。母さんとは、生き方が合わなかったってだけ』

『そ、そうですか?』

『今度、機会があったら紹介するよ』


 決して気まずい関係性ではなく、気軽に会える関係であることを暗に伝えると、リリィはようやく安堵の表情を浮かべた。


「おとうさまに、おあいできること、たのしみにしています」

「あ、あぁ……うん」


 ……俺の父って意味だよな?

 父のことまで“お父様”呼びするつもりじゃないよな?


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