第18話

 今日はいつものごとく、母の帰りが遅い日だった。

 そんな日の食事当番は俺になるはずだが……。


「きょうは、わたしが、つくります」


 今日はリリィが食事当番を買って出た。


 リリィの料理の腕は日に日に上達している。

 だが、今までは母や俺を手伝ってもらう形でやっていた。


 リリィ一人で料理を作ったことはない。

 しかし何事も、誰だって初めてはある。


「じゃあ、お願いしようかな」

「はなよめしゅぎょうの、せいかを、みせます!」


 リリィはそう言って拳をギュッと握りしめた。

 ……いい加減、『花嫁修業』の意味を教えてあげた方がいいかもしれない。




 早速、俺たちは学校帰りにスーパーに立ち寄った。

 リリィは食品を一つ一つ手に取り、籠の中に入れて行く。


 俺はそんなリリィの様子を見守る。

 見守る、だけだ。

 口は出さない。


「揃った?」

「はい。……メニューは、ひみつ、です」


 リリィはなぜか、したり顔でそう言った。

 もっとも、購入した材料を見れば何を作ろうとしているのか、何となく察せる。。


「ああ、うん。楽しみにしておく」


 それを口に出すほど、大人げなくはないが。




 家に着いてから、リリィはエプロンを見に纏った。


「すわって、まっててください」


 そして俺に待機を命じた。

 言われるままに、ダイニング――キッチンで料理をするリリィが見える位置に座った。 


『えっと、まずは……』


 リリィはキッチンに向かうと、何やら携帯を弄り始めた。

 レシピを確認しているようだ。


『……よし!』


 ギュッと拳を握りしめてから、具材を切り始めた。

 包丁さばきはぎこちない。

 特にみじん切りの時は見てて、ハラハラしたが……無事に具材を切り終えた。


 調味料を机上に取り出してから、フライパンに油を敷き、火にかける。

 いつになく、緊張した面持ちで具材を炒める。


 そして調理工程は最終段階に移り……


『あっ……』


 小さな声がした。

 この感じだと、何か失敗したようだ。


 リリィは一度だけ、俺の方を振り返ると、できあがった料理を自分の影に隠した。

 そして菜箸を使い、何やら料理を弄り始める。


『……よし』


 そして安堵の声を漏らした。

 どうやら修理には成功したらしい。


「できた?」

「そーたのが、まだです」


 どうやら失敗したのは、自分で食べるようだ。

 今度は先の失敗を踏まえてから、より慎重な手つきで料理を作り始めた。


『……よし』


 今度は成功したらしい。

 皿に盛った料理を前に、リリィは小さくガッツポーズした。


 最後にケチャップを使い、何やら料理の上に描いてから……

 リリィは皿を二つ、手に持ちながらこちらに歩いてきた。


 一つを自分の席に、そしてもう一つを俺の席に置いた。


「できました」


 リリィは得意気な表情でそう言った。

 スーパーで食材を選んでいる時にもすでに察したが、リリィが作ったのはオムライスだった。


 黄色い卵の上には、ケッチャプでハートマークが描かれている。

 形もなかなか綺麗だ。


「上手だね。美味しそうだ」


 俺がそう褒めると、リリィは得意気な表情を浮かべた。


「とうぜんです」

 

 それからリリィは手に持っていたスプーンを俺に差し出した。


「さぁ、そーた。おっぱい、たべてください」

「あぁ……うん?」


 ……おっぱい?

思わず俺はリリィの胸、じゃなくて顔を見上げた。


 リリィは怪訝そうな表情を浮かべる。


「なんですか」

「……いっぱい、食べてください?」


 おっぱいじゃなくて、いっぱいと言いたかったんじゃないか?

 俺がそう指摘すると、リリィはバツが悪そうな表情を浮かべた。


「まちがえました」


 先ほどまでの得意気な顔が、見る見るうちにいじけた顔になっていく。

 不満そうだ。


『誰だって、間違えます。細かいことを、あげつらわないでください』


 どうやら揚げ足を取ったと思われているようだ。

 「い」を「お」と言い間違えたくらい大したミスではないし、意味は伝わるからわざわざ指摘しないが……。


 今回の間違いは、あまり良くない。


『あー、えっと、別にあげつらっているわけじゃないんだけどさ。その、「いっぱい」と「おっぱい」では、意味が大きく変わってしまうというか……』

『……「おっぱい」は別に意味があるということですか?』

『ああ、そうだ』

『どういう意味ですか?』


 果たして教えるべきだろうか?

 何か、理不尽に怒られそうな気がする。

 一瞬、俺は躊躇したが、今後のために伝えるべきだろう。


 印象に残るほど、間違えないはずだし。

 おっぱいって英語でなんだっけ? 

 胸はchestだけど、そういうニュアンスじゃないからな……。


「tits、かな?」


 俺がそう答えると、リリィが固まった。

 少しずつ、白い肌が赤く染まっていく。


 そしてリリィは自分の胸を、両手で隠した。


『食べちゃ、ダメです! ソータのえっち!』

「言ったのはお前だろ……」




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①は2話、②は8話のシーンです。


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