第9話
「今日は母さんが帰るの遅い日だから、夕食は俺が作るんだけど……何が食べたい?」
下校中。
俺はリリィに尋ねた。
「そーた、つくれるんですか?」
「まあ、そこそこ」
と言っても男の一品料理みたいなものしか作れない。
料理上手だとは言えない。
貴族令嬢が満足してくれるかどうか。
「きたい、してます」
「ほどほどに頼むよ」
そして改めて俺はリリィに何が食べたいのか尋ねると、彼女は「日本の家庭料理の中で、あなたが得意なものを」と答えた。
焼きそばでも作るか。
和食ではないが、日本の家庭料理だ。
あり合わせの材料で作れるし、味付けも付属の粉と塩コショウで済む。
十九時頃。
母から「今日は会社で泊まる」というブラックな返答を受けてから、俺は夕食を作り出した。
母ほど手際は良くないが、料理が簡単なこともあり、三十分ほどで出来上がった。
「これ、おいしいです。すきなあじです」
幸いにもリリィは焼きそばの味を気に入ってくれたらしい。
そう言えばイギリスでもファーストフードとか、好んで食べてたっけ。
ジャンキーな食べ物がタイプのようだ。
「そーた、いがいと、じょーずですね」
“意外”は余計だ。
……もっとも、味付けは付属の粉だけなので、すごいのは俺ではなくメーカーの企業努力だけど。
食後。
皿洗いを済ませてから、俺はリリィに尋ねる。
「シャワー、どっちが先に入る?」
俺の問いにリリィは少し考え込む様子を見せた。
気が付くと彼女の頬は仄かに赤く染まっていた。
そして恥ずかしそうにモジモジしながら答える。
『えっと、その、じゃあ、一緒に……』
『……一緒に?』
聞き間違えか?
俺が聞き返すと、リリィは慌てた様子で首を左右に振った。
『なんでもありません。……私は後で構いません』
ということなので、俺は先にシャワーを浴びることにした。
リリィが待っていることもあり、手早く体を洗ってしまう。
バスタオルで体を拭いてから、俺は脱衣室から出ようとして……。
「……あ、危ない」
そうだ、今日はリリィがいるんだった。
裸で辺りをうろつくわけにはいかない。
俺はちゃんと着替えてから、脱衣室から出た。
「お待たせ」
「はい」
リリィは俺と入れ違いに脱衣室に入って行った。
ドアを閉める。
しばらくして衣擦れの音が聞こえる……ような気がした。
気のせいだ。
しかしこの奥でリリィが一糸纏わぬ姿になっているのだと思うと……。
……やめよう。
同居人に対してそういうことを考えるのは良くない。
俺はリリィのことを意識しないようにするため、ソファーに座り、テレビを付けた。
時間にして、十分ほどだろうか。
背後から脱衣室のドアが開く音がした。
「あがりました」
「あぁ、お疲れ……」
振り向き、リリィの姿を見た瞬間。
俺は自分の心臓が止まったのではないかと、錯覚した。
「なに、みてるんですか?」
リリィは白いワンピースのようなパジャマを着ていた。
いわゆる、ネグリジェというやつだ。
白くふんわりとした生地に、美しいレースがいくつも重なった、清楚で可愛らしいデザインの寝間着だ。
日本人なら絶対に着こなせないデザインだが、銀髪碧眼の美少女であるリリィには良く似合っていた。
まるで童話の世界から抜け出て来た、お姫様のようだった。
昨晩はこんなの着てなかったのに……。
「い、いや、べつに……」
俺は慌てて目を逸らした。
可愛くて見惚れていたなんて言えない。
「……? なにをみているんですか?」
「お、おい」
よほど気になるのか、リリィは俺に詰め寄ってきた。
近寄られたことで、気付いてしまったことがある。
上品で可愛らしいデザインとは裏腹に、このネグリジェの生地は薄めだ。
程よい透け感がある。
そのせいか、シャワーから上がったばかりでほんのりと赤く上気したリリィの肌が、僅かに透けて見えた。
レースで飾られた首元はVネックになっていて、綺麗なデコルテラインがチラりと覗く。
つまり、ちょっとエロい。
『通じていませんか? 何を見ているんですか?』
英語で再度、問い詰められる。
白状するしかないか……。
『その、可愛いと思って』
『……はい?』
『リリィが……えっと、その服。似合ってる。とても可愛らしいし、綺麗だ。お姫様みたいだ』
俺が目を逸らしながらそう言った。
しかし白状したにも関わらず、リリィは何も答えない。
これは本当に怒らせてしまったか?
俺は恐る恐る、リリィの方に視線を向けた。
『えっと、リリィ?』
リリィは固まっていた。
その顔は先ほどよりも、ずっと赤い。
耳までトマトのように真っ赤に染まっている。
『……揶揄っているんですか?』
『えっ?』
『何の番組を見ているのかと、聞いているんです! 誰も私のことを褒めろと言ってません!!』
リリィはテレビを指さしながら叫んだ。
あ、あぁ……な、なるほど!
てっきり、ジロジロ見ていたのを怒られたのかと思っていた。
『す、すまない! か、勘違いした。てっきり、見ていることを怒られたのかと思って……。えっと、揶揄ったわけじゃない。……本音だ』
『そ、そうですか。……なら、いいです』
俺の言葉にリリィは照れくさそうに髪を弄った。
怒っているわけでは……なさそうだ。
『……それで何を見ているんですか?』
『あ、あぁ……日本のテレビ番組だよ』
『ふーん。……いつ、終わります?』
『え? あぁ、あと三十分くらいかな? 何か、見たい番組でもあるのか?』
俺の問いにリリィは首を左右に振った。
『いえ、別に。……終わったら、少し用があります。いいですか?』
『いや、今で良いよ』
俺はテレビを消した。
リリィは怪訝そうな表情を浮かべる。
『見なくていいんですか?』
『暇潰しで見ていただけだから』
『……そうですか』
俺の言葉にリリィは僅かに口角を上げた。
嬉しそうだ。
「それで用って?」
俺は日本語でリリィにそう尋ねた。
するとリリィもまた、日本語で返した。
「べんきょう、てつだってください」
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