第5話

 朝食の片付けを終え、仕事に向かう母を見送ってかた俺たちは家を出た。

 今日は春休み開け、新学期最初の登校日だ。

 言うまでもないが、リリィが通うのは俺と同じ学校になる。


「……ところで、ソータ」

「うん?」

「これ、どうですか? 似合ってますか?」


 リリィは上目遣いになりながら、俺にそう尋ねた。

 ふと、脳裏に今朝の夢の中の出来事を浮かべてしまった。


 もっとも、今回は夢とは異なり、リリィが着ているのはセーラー服だ。

 イギリスの学校はブレザーとネクタイだったので、少し新鮮味がある。


「似合ってるよ」


 リリィのような日本人離れした美少女が――そもそも日本人ではないわけだが――着ると、見慣れているはずの制服も、不思議とお洒落に見える。


「そうですか。おかしくないなら良いのですが」

「おかしくない。『可愛いよ』」

『か、可愛いって……!』


 俺の言葉にリリィは青い瞳を大きく見開いた。

 白い肌が真っ赤に染まる。


『そこまで言えとは言ってません!』


 リリィは叫ぶように言うと、プイっと顔を背けた。

 どうやら怒らせてしまったようだ。


 褒めないと拗ねる癖に……。

 



 そんなやり取りをしながら俺たちは登校した。

 幸いにも俺たちは同じクラスだった。

 

 そして新学期恒例の自己紹介が始まり……。

 リリィが大々的に「久東聡太と同棲している」と言ってしまったため、酷い目に遭った。


「これ、おいしいです。イングランドでたべたのより」


 昼休み。

 リリィはカツカレーを食べながら満足そうな表情を浮かべていた。


 よく分からないが、日本の「カツカレー」はイギリスでも人気だ。

 リリィもイギリスで食べて……というよりは俺と一緒に食べに行き、気に入ったらしい。


 日本に来たら、本場のカツカレーを食べたかったようだ。


「ところで、そーた」

「うん?」

「チキンとポーク、こうかんしませんか?」


 リリィが選んだのは、チキンカツカレーだ。

 イギリスではポークカツよりも、チキンカツの方が主流だった。

 だからリリィも食べ慣れている、チキンを選んだ。


「いいよ」


 俺は自分のカツカレーに乗っているカツ(こっちはポークカツ)を一切れ、リリィの皿の上に乗せた。

 リリィも自分のチキンカツを一切れ、俺に分けてくれた。


「ポークはどう? リリィ」

「おいしいです。……でも」

「でも?」

「チキンのほうが、すきです」


 食べ慣れたチキンカツの方が美味しく感じるようだ。

 とはいえ、それはカレーに乗ったカツの話だ。

 キャベツに合わせてソースで食べるポークカツの味をリリィは知らない。

 今度、食べさせてあげよう。


「ごちそうさまでした」


 カツカレーを綺麗に食べ終えたリリィは、やや物足りなさそうな表情でそう言った。

 食べている最中は幸せそうだったので、足りないのは味ではなく量だろう。

 リリィはこう見えて健啖家だ。

 日本のMサイズでは物足りないだろう。

 

「ところでリリィ。……どうして、今朝、あんなことを言ったんだ?」

「あんなこと?」

「同居中とか……言わなくとも、良かっただろ。しかも想像に任せるって……恋人だと言っているようなものじゃないか」


 おかげでクラスメイトには恋人同士だと認識されてしまった。

 恋人を追いかけて日本までやってきた美少女だと、リリィは認識されている。


「なにか、もんだい、ありますか?」

「いや、ないけど。……リリィはいいのかなって。いろいろ聞かれたりして、大変だろう?」


 俺は別に好きな人なんていないし、誤解されても実害はないが……。

 リリィは俺なんかが恋人だと思われて良いのだろうか。

 普通の女の子ならともかく、リリィは貴族令嬢だ。

 醜聞になったりしないだろうか。


「わたしは、つごうがいいです。『悪い虫が近寄って来ませんからね』」

「なるほど」


 要するに男避けか。

 確かにリリィはイギリスでも、よく男性に言い寄られていた。

 「恋人がいる」ということにしてしまえば、見知らぬ人に告白されたり、ワンチャンあると思って近づかれることは減る。


「どろぼうねこには、きをつけないといけません」


 ……泥棒猫?

 俺の記憶だと、泥棒猫というのは「他人の彼氏を横から搔っ攫う女(浮気相手)」のことを指す言葉だったはず。

 リリィが気を付けなければいけないのは、泥棒猫ではなく、若い女の子を狙う“悪い狼”ではないだろうか。


 突っ込もうと思ったが、リリィのしたり顔を見てやめた。


 俺も覚えたての言葉……慣用句とかを、やたらと使いたがる時期はあった。

 今のリリィはそういう時期なのだろう。

 そっとしておこう。



____


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