第3話

 はなよめしゅぎょう。……花嫁修業?

 

 俺が知っている日本語の“花嫁修業”は、嫁ぎ前の女性が結婚後に備えて家事や所作などを学ぶことだ。

 しかしリリィはまだ高校生だ。花嫁修業には早すぎるし、そもそも日本に来てすることではない。というか、イギリスに花嫁修業なんて文化あるのか……?

 いや、待て。

 リリィはこう見えても貴族令嬢だ。婚約者みたいなのがいるのかもしれない。

 その相手がもしかして、日本人だとか。

 日本の旧家だったり……。


 などと妄想してみたが、正直可能性は低い気がする。


 言い間違えか、もしくは間違った知識を吹き込まれたのだろう。

 面白半分で適当な日本語を吹き込みそうなやつなら、一人知っている。

 メアリーだ。あいつが何か、適当なことを吹き込んだのだろう。


 リリィは純粋なので、それを信じているのだ。

 多分、日本の文化を学ぶとか、そういうニュアンスのことを言いたいのだ。

 

 俺は一人で勝手に納得した。


『そうなんだ、応援してる』

「はい、がんばります。きたい、してください」


 リリィはしたり顔をしながら、日本語でそう答えた。

 いや、しかし……。


『日本語、上手だね』


 日常会話の範囲内なら完璧だ。

 発音は少したどたどしいところはあるし、舌足らずな印象も受けるが……十分に聞き取れる。

 

「ほんと、ですか? じょーずに、話せてますか?」


 嬉しそうに表情を綻ばせるリリィに対し、俺は大きく頷いた。


『ああ、日本育ちだと言ってもみんな信じるよ』

「がんばりましたから」


 俺がお世辞を言うと、リリィは得意気な表情で胸を張った。

 実際、相当頑張らないと半年でここまで上手くならないだろうけど……何が彼女をそうさせたのだろうか?


「えーごじゃなくて、にほんごで話して、もらえますか? わたしもにほんごで、話すようにするので」

「分かった。日本語で話すようにするよ。聞き取り辛かったら、言ってくれ」

「はい」


 さて、あまり長い間立ち話をしているわけにはいかない。

 早く引っ越しを終わらせなければ。


「とりあえず、荷物を運ぼうか」

「はい。ありがとうございます」


 とりあえず大きな荷物……組み立て式の家具から運び出す。

 ネット通販で購入したらしい、ベッドと本棚、勉強机を二人で組み立てる。


 それからリリィが持ち込んできたらしい私物が入った段ボールを運び出すが、その数は意外と少なかった。


 女の子って、もっと服とかたくさん持ってるイメージだったんだけど……。

 

「これだけ?」

「ひつようなものだけ……『服とかは日本で買いそろえた方が楽かなと思いまして。最低限のモノしか持って来てないです』」


 日本語と英語を交えながら、リリィはそう説明した。

 

「なるほどね。それで……どれから開ける? 俺は手伝わない方がいい?」


 いくら親しい間柄とはいえ、私物をむやみに見られるのは嫌だろう。 

 量も少ないし、後は全部リリィがやった方がいいかもしれないと、思ったが……。


「じゃあ、それから、あけてください。わたしはこっち、あけるので」

「わかった」


 リリィに言われるまま、俺は段ボールを開けた。

 そこには綺麗に畳まれた、薄い布切れが何枚か入っていた。


 ハンカチだろうか?

 そう思いながら、俺はそれを両手で広げた。


 それはベビードールだった。

 ほんのりと透け感のある、大人っぽいデザインのランジェリーだ。

 いわゆる、“勝負下着”だ。


 俺は慌てて段ボールを閉めた。


「どうしました?」


 リリィは小さく笑みを浮かべながらそう言った。

 悪戯が成功した、そんな顔だ。


「別に何でもない」


 リリィのやつ……。

 普段から、こんなエロい下着、着てるのか?

 それとも西欧人はみんなこんなの着てるのか?


 というか、留学先にこんな下着、持ち込むなよ。要らないだろ。

 誰と何をするつもりなんだ。


 そんなことを想いながら、俺は表情を取り繕った。



____

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