兄弟
魔法で二人が降り立った場所はオレアンダーの個人研究室だった。
降り立った途端、長机に座り作業していたノアがすっ飛んできた。
「クシェル!無事で良かった!」
「ノア…」
ノアは涙を浮かべ駆け寄り勢いよく抱きついてくる。クシェルは慌てて彼を受け止めた。
オレアンダーから聞いた話によるとクシェルがノアへ出した手紙はどれも届いておらず、おそらくライナによって止められていたのだろうと教えられた。
随分と心配をかけてしまったようだ。ノアの頬が少しやつれていて申し訳なさがたった。
しかし同時に気まずくもある。弟と意中の相手が一緒なのだ。しかもその相手の子供を自分が宿している。ノアの心中を察するとクシェルはどう切り出せばいいかわからなくなってしまう。苦労ばかりかけた弟。どうすればいいのかと戸惑っていたクシェルだった。
しかし予想外なことにノアは鬼気迫る表情でオレアンダーに詰め寄った。
「というか、ギレス先生こそ何やらかしてくれてるんですか!クシェルが妊娠?!よりによって相手がギレス先生なんて…」
悪夢でも見たかのようにノアの顔は青ざめ、わなわなと震えている。
「本当失礼だよね君。相思相愛なんだからいいでしょ」
「…相思、相愛?」
呟いた途端、ノアは石の様に固まってしまった。
「ねえ、クシェル大丈夫?弱みでも握られているの?なんか変な魔法でもかけられてない?」
「いい加減にしてよ」
オレアンダーが邪険そうにクシェルに詰め寄るノアを睨みつける。
「僕の兄になんてことしてくれたんですか!クシェルはともかく、ギレス先生は僕等が兄弟だってもっと早く気づいてたはずですよね!なんで黙ってたんですか!!」
「君がぎゃーぎゃーそうやって騒ぐのが目に見えてるからでしょ?クシェルにあることないこと吹き込まれたら嫌だしね」
公開講義の日や、あの夜の時とはまるで変わって、ノアはオレアンダーをこれでもかとこき下ろしている。
ノアが譲れないことがでてくるかもと宣言したことは一体…。
どういうことだろうとクシェルは首を傾げた。
「…ああ、頭が痛い。先生が言ってたことは本当だったんだ…」
「先生?」
クシェルはさらに首を傾げた。先生といっても話しの流れからオレアンダーのことではないようだ。確かに学校の中なら先生は沢山いるだろうが。果たしてノアの想い人とは一体誰なのだろうか。
「もう、ウィリアムったら結構お喋りなんだから」
「へ?ウィリアム?」
なぜ今彼の名前が出るのだろう。思わず声を上げたクシェルにオレアンダーが答えてくれた。
「ウィリアムは俺の助手なんだけど若く優秀でね、学生じゃなくて教員なの」
「…そうだったのか」
「だからノアからすれば先生なんだよ一応。ま、ただの先生と学生って間柄じゃないみたいだけどねー」
オレアンダーがニヤリとしながらノアを横目で見ると、途端にノアは顔を真っ赤にさせた。なんでもウィリアムは助教の立場でノアにとっては学内の先生の一人ということがわかった。
「…え、じゃあノアが言ってた先生ってオレアンダーのことじゃないのか」
自分の勘違いに気づきクシェルは思わず声を上げた。一方オレアンダーは呆れた様子でノアに切り込む。
「まだやってたの?ノアもプライベートならいい加減に恋人のこと名前で呼びなよ。ねぇ。それ、そういうプレイなの?」
「や、そういうんじゃないですって。ずっと先生って呼んでたから…その、癖が抜けなくて」
ノアは頬をさらに紅潮させしどろもどろに弁明しようとする。
「そんなんだから変な誤解を生むんでしょ」
しかしズバッとオレアンダーが突っ込むとノアは項垂れて黙り込んでしまった。
「…なぁ、オレアンダー何が何やら」
一方クシェルは話についていけずオレアンダーを仰いだ。
「君の大事な弟はあのウィリアムと恋仲ってことあ、ちなみに番になりたてホヤホヤだってさ」
「へぇ?!」
衝撃の事実にクシェルは頭が真っ白になってしまった。あの嵐の晩ノアがいっていた先生とは番になりたいと言っていた相手はウィリアムのことだったらしい。さすがに驚かずにはいられない。
「ギレス先生、余計なことペラペラ喋らないでください!ウィリアム先生を小間使いにして
話を聞くからに、ノアはクシェルが着ていた特注品のローブをウィリアムが
誰へのプレゼントかとヤキモキしていたら、自分の兄が着ていたのだ。その時の弟の心中を想像するとクシェルも心が冷える思いだ。
「ノア、ごめんな色々と不安にさせて」
「本当だよ、よりにもよってライン領へいくなんて!あの夜帰ってこなくて必死にギレス先生が探してたんだよ。僕はヒートで動けなくて…」
クシェルが言いたかったのはウィリアムとの関係を誤解させ傷つけてしまったことへの謝罪だった。しかし兄想いのノアにとってはクシェルの失踪に関してのこと捉えられてしまった。
そして二人の話を聞いてみると、クシェルが締め出されたあの日、きのこ達がオレアンダーがいないと言ったのはクシェルを探し回っていたためのようだ。
「ライナが魔法契約を切ったから、クシェルの居場所もわからなくなってね。本当に焦った」
オレアンダーの華やかな美貌の目元に薄ら隈が浮かんでいるのが見え、それが事実だと物語っていた。
「ライナさん影隠しの魔法まで使ってたんですね」
「…」
影隠しの魔法は人を魔法感知出来なくする術だ。普通は潜入などで使う高等魔術だが、
恐らく潜入し慣れているライナにとってはたやすかったのだろう。
クシェルがライン領へ旅立つ前にオレアンダーが会いにこなかったのも、単に探し出せなかったのだ。
オレアンダーの疲労した顔が痛ましく申し訳なさが立つものの、同時に必死に探してくれたであろう姿を想像するとクシェルの胸は喜びでどうしようもなく震えた。
しかし弟の熱愛発覚で、その喜びの感情を長く維持できそうにない。
「…よりによってあのウィリアムと」
クシェルが力なく呟くとすぐ隣に冷たい風が吹くのを感じた。
「呼んだか?熊殺し。相変わらず失礼な奴だな。俺も忙しい中お前を探したんだぞ」
風の吹いた方へ顔を向けると音もなくウィリアムが現れた。彼の整いすぎて人形じみた美貌は今日も何一つ変わらない。
そしてウィリアムが現れた瞬間に頬を染め、眼をキラキラとさせた弟を視界に捉えクシェルは思わずげんなりしてしまう。
「…気分が、悪い」
「ん?つわりか?」
「え?クシェル大丈夫?」
「ほらほら、身重なんだから休ませてあげて」
クシェルの心中を察したのかオレアンダーが話を切り上げようとしてきた。
「よかったね、兄弟で恋敵にならなくて」
「なんだかんだ似た者兄弟だな。言葉足らずなところとか」
苦笑するオレアンダーとウィリアムにクシェルもノアも返す言葉がなく揃って項垂れた。
「まあ、誤解も解けたみたいだしこれにて解散。二人ともじゃあね」
オレアンダーの移動魔法の光に包まれ、その向こうに見えたのはウィリアムが穏やかな笑みでノアに何か話しかけてる様子だった。
そんな表情が出来たのかとクシェルは目を丸くした。そしてそんな彼の傍のノアの表情のなんとも幸せそうなことか。少なくとも彼から大事にはされているようだとクシェルは胸を撫で下ろした。
オレアンダーの家の中に戻ると思わずクシェルは言葉を溢した。
「ウィリアムがあんなに優しく笑うところ初めて見た。…なんか怖い」
「いや、さすがに失礼すぎでしょ。ウィリアムは案外よく笑うし。あんなんだけどクシェルには優しかったでしょ」
オレアンダーは苦笑してみせる。
「え?あれで?横柄というか、結構毒舌だったぞ?」
「ウィリアムは興味ない相手はいないものとして扱うからね」
「…ああ、あいつならやりそうだな」
確かに彼ならやりかねないだろう。納得してクシェルは頷いた。
「クシェルはノアのお兄ちゃんだし、見た目も似てるからかな。クライネルト先生との間に立ってくれて正直助かった」
ホッと息をついた様子のオレアンダーにクシェルは首を振った。
「多分それだけじゃない」
「え?」
「ウィリアムはオレアンダーのこと尊敬してるらしいぞ」
公開講義の日のウィリアムとのやりとりを告げるとなぜかオレアンダーは顔を青ざめさせた。
「えっ?…嘘でしょ。何それ怖いんだけど」
助手が先生を尊敬することは不思議じゃないと思うが、一体彼らは普段どういうやりとりをしているのだろう。クシェルは少し心配になった。
「…お前のほうがよっぽど失礼だろ」
静かな部屋にはクシェルの呆れた呟きが落ちた。
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