04 料理
『秘密』という言葉に少しだけ子供らしさを取り戻した殿下は、胸に手を当てる。
「ルスランの息子、ティムール。世話になる」
薄青の瞳は一瞬、目を合っただけでそらされてしまう。わたしの記憶が確かであれば、十三歳だったはずだけど、かなり幼く見えた。領主として任地をうけたまう年頃だが、母君が亡くなったので話が流れたのだろうか。それとも、時期なお早と判断されたのか。
体は痩せぎすで、表情はとぼしく、浮世離れした影のある瞳。身なりは調えられていたが皇子とはわかりづらい。
けれど、王家だろうと貧民だろうと、敬意を示してくれる人を無下にするつもりはなかった。同じように胸に手を当て、目をふせ膝を折る。
「ザキさまの妻、シルフィと申します。気になることがありましたら、何でもおっしゃってください」
小さく頷いた殿下を塔の横に建つ小屋に案内した。
防火のためか、塔には暖炉も調理場もない。煙で星が見えなくなることを配慮したのかもしれないが、調理場のある小屋の煙が流れたら――というのは野暮になるのかも。
それはそれで、ちょっと危ない私物も置けるから助かっているのだけど。
さて。今日のスープは、玉ねぎ、干し肉、茄子、米は時間がかかるから、
薪と火打ち石を手に持ち、振り替える。
「火を起こされたことはございますか」
首を振られたので、手本を見せた。真剣な眼差しに手応えを感じる。竈の火に空気を送り込み、間近に立つ殿下を見上げる。
「刃物を扱われたことはございますか」
やっぱり首を振られたので、へただけを落とした茄子と鍋を火にかける。
「茄子の皮が焦げるまで、よく焼いてください」
不安そうな顔で見上げられたが、気づかないふりをして、切りものをすませますね、と放って置くことにした。玉ねぎ、干し肉を切って深い鍋に入れ、殿下の隣で炒める。
興味津々な瞳が見てくるので、わざと茄子へ目をやると、慌てて鍋に戻された。
隣から木ベラで茄子を転がす。いい焦げめ。
木ベラを渡された殿下はまるで宝剣を手にするように慎重だった。
悟られないように笑みを口元にとどめて、透明になってきた玉ねぎに水を加え、
「殿下、茄子の皮を剥きましょう」
ゆっくりと神妙な顔が振り返る。茄子の皮剥きの方法をいろいろと考えているのかもしれない。
顔付きは似ても似つかないのに、どうしてこう旦那さまを思い起こさせてくれるのか。喉を調えるふりをして、吹き出しそうになるのを堪える。
失礼しますね、と声をかけて、茄子の入った鍋を火から上げた。いつもなら直接剥くところを、やりやすいように茄子に切れ目を入れてやる。まだ熱さの残るへたを切り取った皮の部分だけを指につまみ、布巾で押さえて勢いよく引き剥がす。
「こうやって皮を剥きましょう」
教えるのは見せるのが一番、手っとり早い。口だけで説明されてときめくのは、歴史と未知数の数式だけだ。見て、感じなければ、実際にやってみなければ頭に残らない。
さ、と殿下をうながせば、その心を示すように恐る恐る手がのびてきた。興味と恐怖と衝動がせめぎあっている。
白い湯気をあげる茄子の熱さに怯むが、火傷をしない程度とわかると恐れが薄れた。皮を持ち、引いてみるが途中でちぎれる。不格好に残る皮に怯み、やめようとするのを後ろから応援する。
「もう一度、やってみましょう」
殿下の喉が上下する。唾を飲み込む音が聞こえてきそうだ。
半端に残っていた最後まで皮が剥がれた。薄い皮を脇に起き、作業を進めていく。集中しているから、今度は声をかけない。
殿下を見守ってはいるが、もちろんスープも忘れずに吹き零れていないか、時おり確かめた。
全部、剥き終えた茄子は所々、へこんではいるが、きれいな黄色だ。
どうだと無言で確かめてくる顔に自然と浮かんだ笑みを向ける。
「助かりましたわ。ありがとうございます」
感謝を言葉に、強ばっていた顔から安堵が入り交じった
うん、かわいい。殿下といえども、素直が一番だ。
和んだ心を引き締めて、茄子を大きめに切り揃えた。泡が上がり始めた鍋に入れて、調味料とスパイスを振りかける。
くつくつと音をたてる鍋を眺める横顔の上で八芳星が光る。
ひとつの箱を思い出したわたしは閉まっておいたものを取り出した。お母様の遺品でもある『
真摯な瞳を持つ横顔に、内緒話を持ちかけるように声をかける。
「知恵比べをいたしませんか」
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