【短編】GET OVER【ボクシング】

シナリオセンターで書いているオリジナル脚本

原稿用紙10枚分:約10~15分の短編 or 作品冒頭 or 作品の一部シーンの切り出しのような形


脚本の読み方は特殊なので、こちらを一読して頂けると幸いです。

https://kakuyomu.jp/users/animaarca777/news/16818023214175603705


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 執筆日:2023年5月6日


【登場人物】

仙北紗依(21)女子ボクサー

矢吹紅葉(21)女子ボクシング日本王者

笹原慎三(51)ボクシングジム会長

矢吹徹(53)紅葉の父親

矢吹春子(48)紅葉の母親

畠山隆(47)ボクシングジムトレーナー

審判

練習生


【あらすじ】

女子ボクサーの仙北紗依は憧れの日本王者の矢吹紅葉に挑む。しかし、試合前から体調に異変があった紅葉は試合後に亡くなってしまう。


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GET OVER

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〇多摩川堤防の歩道


   炎天下、仙北紗依(21)がサウナスーツを着て汗だくになって走っている。


 


〇笹原ボクシングジム


   笹原慎三(51)と畠山隆(47)が練習生の指導をしている。


   紗依がランニングから戻ってくる。


畠山「おぅ、お帰りぃ」


紗依「はぁ……はぁ……ただいまッス……」


   紗依は壁にもたれかかり、座り込む。


笹原「減量きつそうだな」


紗依「まぁ、これがボクサーですから……」


笹原「相手の矢吹紅葉はお前の憧れの選手だが……気負い過ぎるなよ?」


紗依「憧れてしまっては超えられないでしょ」


笹原「(ニヤリとして)受け売りだけどな」


   紗依は試合のポスターを見る。


   ポスターに『8月2日JFBC女子ボクシング日本ライト・フライ級タイトルマッチ』と、『日本王者・矢吹紅葉VS挑戦者・仙北紗依』と書かれ、紗依と矢吹紅葉の写真。


 


〇矢吹ボクシングジム


   矢吹紅葉(21)が矢吹徹(53)の構えるミットに激しく打ち込んでいる。


   紅葉が力強く右フックを打ち抜く。徹の持つミットがバンッと弾かれる。


徹「つ~!……いいぞ紅葉!その意気だ!」


   紅葉が再び構え、鋭い眼光を見せる。


 


〇後楽園ホール外観(夕)


   T『8月2日』


   続々と観客が集まる。


 


〇同・紗依の控室


   笹原、畠山達が見守る中、紗依がシャドーボクシングをしている。


畠山「紗依は調子良さそうですね」


笹原「前日計量から7㎏戻して調子良いな」


   


〇同・紅葉の控室


   紅葉がウォーミングアップ中。徹と陣営スタッフが見守る。突然、紅葉が顔を歪ませ頭を抑え壁にもたれかかる。


   様子に気づいた徹が近づく。


徹「おい、紅葉、大丈夫か?」


紅葉「……大丈夫。何でもないって」


 


〇同・ホール外観(夜)


 


〇同・試合会場


   満員の観客席。矢吹春子(48)が後ろの方の席から見守る。


 


〇同・リング


   赤コーナー紅葉、青コーナー紗依。


   カーン!とゴングが鳴り試合開始。


   T『ROUND1』


   序盤はお互い様子見の攻防。紅葉が攻勢に出てラウンド終了のゴング。


   紅葉がコーナーに戻る際、わずかに足元がふらつき、笹原が気づく。紗依はコーナーに置かれた椅子に座り、マウスピースを外す。笹原がドリンクを飲ませる。


笹原「良いぞ!足に効いてるぞ」


紗依「え?クリーンヒットしてないよ?」


笹原「とにかくチャンスだ。攻めに行こう」    


   紗依はマウスピースをして立ち上がる。


    ×    ×    ×


   T『ROUND2』


   ゴングが鳴り紗依が前に出て攻勢。紅葉はクリンチ。その後はお互い決め手にかける攻防が続き、ラウンド終了。


    ×    ×    ×


   T『ROUND3』


   お互い決め手にかける攻防が続くも、突然、紅葉が顔を歪める。紗依が攻勢に出て、ボディーブロー。紅葉は悶絶するも、反撃のパンチ。紅葉が一瞬後ろに下がり、紗依が攻勢に出るも、ラウンド終了のゴングが鳴る。


   紅葉がコーナーに戻る際、再び足をふらつかせる。


笹原「良いぞ!今度こそ間違いなく効いてる。


 ボディーでガードを下げさせて、得意の右フックだ。カウンターには注意しろよ」


    ×    ×    ×


   T『ROUND4』


   ゴングが鳴る。紗依が攻勢でボディーブロー。紅葉のガードが下がり、紗依が得意の右フック。


   しかし、紅葉のカウンターが紗依の顔面を捉え、紗依は膝から崩れる。


審判「ワーン!ツーゥ!スリー……」


   紗依が立ち上がる。審判が声をかけ、紗依はファイティングポーズ。


   紅葉が攻勢に出て、パンチを打つ。


   突如、攻勢の紅葉が顔を歪める。


   紗依の集中力が増して『ゾーン』に入り、時間がゆっくりに感じられる。


   紗依のカウンターの右フックが紅葉の顔面を捉え、紅葉はゆっくりと前のめりに倒れる。審判が試合を止め、紗依のTKO勝利。


   紗依はコーナーに登って勝利に喜び、会場は歓喜に包まれる。紗依は勝利者インタビューを受ける。紅葉は徹に支えられて会場から出ていく。


 


〇同・紅葉の控室


   紅葉が徹に支えられながら控室に戻る。部屋に入った紅葉が前のめりに倒れる。


徹「よ、紅葉っ⁉……紅葉ッ‼」


   紅葉の陣営スタッフは慌てふためく。


 


〇笹原ボクシングジム


   T『3週間後』


   笹原、畠山と練習生が数名いる。


畠山「あれから紗依は来てないですね……」


笹原「あぁ。今はそっとしておくしか……」


   笹原は眉間に皺を寄せ、タイトルマッチのポスターをおもむろに剥がす。


 


〇多摩川堤防(夕)


   体育座りのような姿勢で悲しい顔で夕日を見る紗依。一筋の涙が流れる。


   紗依は俯き、膝に頭を押し付ける。


    ×    ×    ×


   (フラッシュ)紗依が紅葉をKOする瞬間。


   (フラッシュ)ニュース記事に『矢吹紅葉急死‼』の見出し。


   (フラッシュ)告別式の様子と、紅葉の遺影。


   (フラッシュ)SNSの書き込みで『あ~ぁ、人殺しになっちゃったね』等の心無い書き込みの数々。


    ×    ×    ×


   多摩川堤防にいる紗依は耳を抑え、頭を抱える。


紗依「ごめんなさい……ごめんなさい……」


   紗依は嗚咽する。


 


〇笹原ボクシングジム


   T『3ヶ月後』


   練習生が数名いて、笹原と畠山が指導している。一人の練習生が指を差す。


練習生「あ、あの、お客様が来てます」


   ジムの入口に徹とバッグを持つ春子がいる。二人は深々とお辞儀をする。


 


〇カーサ・クオレ2階 紗依の部屋


   紗依は目を開けたままベッドで横になっている。チャイムが鳴る。


   紗依は無視するが何度も鳴り、ドアが叩かれる。


笹原の声「おい、紗依!いるんだろ?客を連れてきた!矢吹さんだ!」


   紗依は飛び起きて茫然と立ち尽くす。


    ×    ×    ×


   (フラッシュ)紗依が紅葉をKOする瞬間。


   (フラッシュ)告別式の様子と、紅葉の遺影。


   (フラッシュ)SNSの書き込みで『あ~ぁ、人殺しになっちゃったね』等の心無い書き込みの数々。


    ×    ×    ×


   紗依は膝から崩れ落ち嗚咽する。


 


〇同・玄関前


   笹原と徹、春子は立ち尽くしている。


笹原「今日は無理そうですね」


春子「また日を改めましょう……」


   『カンカンカンカン』と、笹原達が金属質の階段を下りる音が響く。


   突然、紗依の部屋の扉が開く。


紗依「待って下さい!」


 


〇同・紗依の部屋


   紗依が三人にお茶を出す。


紗依「すみません……。こんな物しかなくて……」


春子「私達こそ、ごめんなさいね……。急に来てしまって……」


笹原「紗依、是非聞かせたい話があるんだ」


徹「……もう3ヶ月も練習に来てないって話を伺ってね……。いてもたってもいられなくて……」


春子「私達は、あなたに後悔なんてして欲しくないの」


徹「君がボクシングを辞めてしまったら、それこそ紅葉に合わせる顔がない……」


紗依「……で、でも……私は……」


   春子がニコリと微笑んで、紗依の手を取る。


春子「あなたは紅葉の憧れの女の子だったのよ……」


紗依「え……?」


   春子はバッグから明丈小学校のアルバムを取り出し、集合写真を見せる。


紗依「え……?私の小学校……?」


春子「紅葉は紗依さんの隣のクラスだったの」


紗依「えっ?」


春子「子供の頃の紅葉は控え目な子だったし中学に上がる時に引っ越したから、知らなくても仕方ないわ」


徹「紗依さんは学校の人気者だったろう?」


紗依「え……いや、そんな……」


   紗依は申し訳なさそうにする。


春子「紅葉はね、紗依ちゃんに憧れてたの。ある日、紅葉は興奮して話していたわ。紗依ちゃんが凄い!かっこいい!って」


紗依「え……?ど、どうしてですか……?」


徹「紗依さんがいじめっ子男子に立ち向かって、見事にやっつけたと聞いたよ」


   紗依はハッと思い出したような表情。


   夫妻は涙を浮かべながら笑って語る。   


春子「その事を話してる時の紅葉は凄く興奮して楽しそうで……紅葉は、紗依ちゃんに憧れて、強い女の子になるために中学でボクシングを始めたの」


徹「君は紅葉の憧れのヒーローだ。君がボクサーになったと知り、喜んでいた。先に紅葉が日本王者になったが、紅葉は紗依さんといずれ戦う事を覚悟していたんだ」


春子「普段から、紅葉には『何が起きても後悔しないでね。相手を恨まないでね』と言われていたの」


徹「だから、ボクシングを辞めないでくれないか……?」


   徹と春子が力強く紗依の手を握る。


   紗依は肩を震わせる。


笹原「矢吹夫妻の願いを聞いてくれないか?」


   紗依は涙をボロボロと流し始める。


紗依「……ボ、ボクシング……続けて良いですか……?」

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