04 タリアンとフーシェ
タリアンは思い悩んだ。
思い悩んで、思い悩んで、思い悩んだ。
「
これはどういう意味だろう。
テレーズ・カバリュスは、このタリアンを捨てるという意味か。
あるいはもっと単純に、死ぬということか。
「そんなのは、認められん!」
叫ぶタリアンは、まずロベスピエールの元へ向かった。
だがロベスピエールは、「明日、
ふだんから、公安委員会の激務で会えないロベスピエール。
ましてや、国民公会となると……と普通は思うところだが、しかしタリアンは――特に今のタリアンは、そのロベスピエールの「拒否」を、「断罪」への意思表示と受け取った。
「ロベスピエールめ、もしやテレーズを殺す気か。そしてこの私もギロチンへ……」
負の方向に向かった思考は、もう止められない。
そして日が変わって、国民公会でロベスピエールは演壇に立ち、こう言った。
「粛清されなければならない議員がいる」
やっぱりだ。
それがタリアンの感想である。
感想というか、絶望である。
この日、七月二十六日、すなわち
のちに
*
「ああ……」
その晩。
国民公会の議場。
タリアンは自らの議席でうなだれていた。
すでにロベスピエールとその
ちなみにそのジャコバン・クラブでロベスピエールは、「諸君がいま聞いた演説は私の最後の遺言である」と、意味深長な言葉を残している。
頭を抱えていたタリアンは、こうなればジャコバン・クラブに乗り込んで、ロベスピエールに直訴するかと決意を固めた。
そこで立ち上がった。
そこへ。
「ジャン・ランベール・タリアン」
「誰だ?」
議場には、もはや自分一人だけだと思った。
だから、いつまでもいつまでも――それこそ夜まで――うなだれていたというのに。
「忘れたのかね? 同僚議員のことを」
「フーシェ……」
タリアンが振り返ると、そこには痩せぎすの貧相な男がいた。
もはや夜の
「タリアン、君は思い悩んでいるね? 今日のロベスピエールの演説を。粛清の対象は、自分ではないかと」
「そ、それは……」
タリアンのその動物的直感は当たっているのだが、次なるフーシェの一言によって、そんな直感は砕け散って、
「それに、その粛清とは、獄中のテレーズ・カバリュス女史にも及ぶと考えているだろう、
「……うっ」
思わず呑んだ、息の音が答えだった。
なぜそれをと問うまでもなかった。
フーシェの手には、ローズという署名の手紙があった。
ローズとは、テレーズの獄中の友人である、ボアルネ元子爵夫人のことであろう。
「……断っておくが、タリアン、君のカバリュス女史へのご執心は
フーシェはコツコツと音を立てて歩き出す。
そして演壇のあたりに至ると、振り向いた。
「そう……知らせてきたのは、そんなことではない。タリアン、君はカバリュス女史から
今、議場は仄暗い。
フーシェの顔も、よく
もしかして
いや、悪魔が
……そんなことをタリアンが考えてしまうような光景だった。
フーシェはそんなタリアンの思惟を知ってか知らずか、話をつづける。
「さてタリアン、君は今、ジャコバン・クラブに行って、ロベスピエールと直談判に及ぼうとしているね?」
「…………」
「沈黙は肯定と受け取ろう。だから言う。そんなことをしても無駄だ」
「なぜ!?」
タリアンは、仮にも
「活路?」
だがフーシェは疑問を呈する。
いや、疑問というか詰問だ。
「活路というが……それはタリアン、君が
「それはむろん……」
そこでタリアンは絶句した。
なるほど、たしかにロベスピエールは、タリアンを許すかもしれない。
ただし、タリアンは許す、ということだ。
テレーズではない。
むしろ、テレーズは「革命家・タリアン」を惑わす妖婦として粛清するだろう。
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