02 タリアンとテレーズ

 国民公会コンヴァンスィヨン・ナシオナーレ議員、ジャン・ランベール・タリアンはテレーズ・カバリュスを愛していた。

 溺愛していると言っていい。

 当時タリアンは革命家として知られ、テュイルリー宮殿襲撃に参加し、パリ・コミューンの書記を務め、国民公会の議員となった。

 そしてロベスピエールに見込まれ、派遣議員として反革命運動の粛清のためボルドーに赴いた。

 タリアンはそこでテレーズと知り合い、会った瞬間に


「彼女は自由の女神マリアンヌだ」


 当時のテレーズは、革命に傾倒し、そのため、夫のド・フォントネ侯爵と別れた。その後、ボルドーにて、自由の女神(フランスの自由を擬人化した女神、マリアンヌ)に扮して、革命、そして愛国への姿勢を示した。


「これだけでは、足りないわ」


 テレーズは革命を愛していたが、自身がより注目され、より魅力的に映ることを愛していた。それに何より、贅沢をすることが好きだった。

 そのための自由の女神マリアンヌであり、さらに彼女は自らの装いに意を用いた。

 すなわち、これまでの、コルセットで押さえる宮廷衣装ではなく、古代ギリシアやローマを思わせる、ゆるやかな衣装である。

 それだけでなく。


「これこそ、古典主義。そして、開放主義」


 身にまとう布は薄く、乳首が透けていた。

 その衣装に鍔広帽子、肩かけのショールを羽織って、テレーズは伊達女メルヴェイユーズを気取る。


自由の女神マリアンヌだ。彼女は、素晴らしい」


 これを見たタリアンは

 テレーズの言われるがままに金銭かねを出し、彼女が「許して」と言った反革命分子を次々と釈放した。

 これがロベスピエールの目に留まった。


「タリアンを召還せよ」


 任地からパリに戻されたタリアンは、ロベスピエールの処断を恐れる日々を過ごしていたが、そんなタリアンがもっと恐れを抱く事態が出来しゅったいした。


「わたしよ。追って来たわ」


 ボルドーに置いてきたテレーズが、パリにまでやって来たのだ。

 タリアン不在のボルドーでは、テレーズは身の保証ができないという事情もあった。

 そしてこれを知ったロベスピエールは、即座にテレーズの逮捕を命じた。


「何が自由の女神マリアンヌだ。気取るのも大概にしろ」


 当時のロベスピエールは、派遣議員による地方のがうまくいかないことに頭を痛めていた。

 たとえばリヨンでは、フーシェが反革命分子を何と大砲で処刑したたため、「リヨンの霰弾さんだん乱殺者」という異名を得ていた。

 さらにトゥーロンでは、バラスがナブリオーネ・ディ・ブオナパルテという無名の軍人を起用して叛乱を鎮圧したものの、何百人もの捕虜を処刑してその財産を奪ったという。


「タリアンだけはそのようなことはと思っていた。が、これでは逆方向で駄目だ。あの女のせいだ」


 しかし当時のロベスピエールは多忙で、テレーズを監獄に入れるたあと、その後の処断はできずにいた。

 テレーズとしては、たまったものではなく、彼女は何度もタリアンに手紙を書いた。

 このままではいつ死罪に問われるかわからない。

 革命政府は気まぐれといってもいいくらい、人をギロチンに送るではないか。

 ロベスピエールは峻厳だから、絶対に許されないだろう、と。


「おお、わが自由の女神マリアンヌよ、愛しき人よ」


 タリアンは思い悩んだ。

 このままでは、テレーズの命は失われるやもしれない。

 他ならぬタリアン自身も、ロベスピエールに冷たい目を向けられている。


「このタリアンが刑場の露と消えたとしても、それこそテレーズは世をはかなんで、自らを処するであろう」


 タリアンは、進退極まった。

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