その10 世間一般の【唯一無二】と強力な思念(王太子視点)

 あの場では「私の【唯一無二】と出会えますように」と願ってはみたものの、同時に「まぁ難しいだろうけどね」と冷めた自分もいた。

 なにしろ【唯一無二】とは狙って発生させられるものじゃあないのだから。


 実際まったく【唯一無二】に法則はない。


 【唯一無二】が「職人が魂を込めてつくれば稀に成る」という存在なら、まだわかりやすかったのだけどね。

 最初の性能がごく一般的な物でも、のちに【唯一無二】として名を残した事例もあるくらい無作為ときているのだから。


 これまで私は、聞こえる思念を頼りに【唯一無二】へ近づき、一方的に思念を聞いてきた。もしかしたら【主】になれるかもしれないという下心がないではなかったけれど、【主】となることはなかった。


 なにが言いたいかというと、ひとつは、私は今まで聞こえる限りの【唯一無二】とは、それとなくすべてに対面してきたということ。

 ふたつは、市井に埋もれている【唯一無二】が献上品の【杖】と同じくらい無口であれば、思念が聞こえる私でも【唯一無二】という存在に気づくことが出来ず見逃してしまうから、結局のところ見つけられないんじゃないかなということ。


 お互い存在しているだけでは【唯一無二】と【主】にはなれない。だからこそ貴重で珍しい。

 言葉どおりの意味と、「また会いましょう」くらい軽く、遠方の相手の息災を願う挨拶として、「【唯一無二】と出会えると良いですね」が使われるほど、誰もが一度は自分の【唯一無二】と出会うことに憧れている。


 でもそれは、幼い子が願う「大きくなったらお父さん(お母さん)と結婚する!」と似た、叶わない綺麗な夢みたいなものなんだと、成長するにつれてわかってくるんだよね。


 そんなわけで、私は再び諦観の日々に舞い戻っていた。


 これでいい。

 へたに希望など持つから絶望するんだ。

 期待などしなければ裏切られたといきどおることも無い。


 そう、頭では理解しているのに。

 なにも知らなかった幼い頃のように、ふとした瞬間に「もしも私の【唯一無二】と出会えたら」と考える自分が復活していた。


 先ほど出した例にもれず、【唯一無二】の存在を知ったばかりの幼かった私は、「出会った【剣】を伴って世界中を冒険するんだ!」と信じていたんだよね。

 ちちに連れられて新しい土地に出向けば、「ここを【剣】と二人で旅していたら」と、意識しなくても自動的に夢想するくらいに。現実には無い【剣】と頭の中で空想の会話を繰り広げてしまうくらいに、鮮やかな未来を思い描いていた。


 そんな妄想癖が復活したからと言っても、すっかり現実を知った今、私の魔力量的に、防具類や剣は可能性が低いから、もう【剣】を妄想することはできなかった。


 もしもがあるなら【杖】だろうね。

 【杖】だと二人旅は難しいかな。


 あぁでも【杖】なら、私も魔法が使えるようになるのか。

 遠慮なく魔法が使えるのなら、最大火力を試してみよう。お互いの全力を合わせればどれだけの威力になるのか見てみたい。


 魔力操作力も増すのなら、新しい魔法や魔道具を作ることもできそうだね。今まで思いついても書き留めることしかできなかった案をキチンと形にしてみたい。


 それよりなにより、【槍】と過ごしている弟みたいに、昔していた空想の【剣】以上に、話がしたいな。私の【唯一無二】ならば公の場で話してもかまわないよね。


 ねぇ、私の【唯一無二】。

 もし出会えたら大事にするよ。

 なにか望むことがあるのなら、私の出来る限り全力で叶えるし、大切にする。

 だからどうか私のもとに来てくれないかな──。


 その日は唐突にやって来た。


(ふぁ〜。よく寝たぁ……んん? え、それ、魔法? 魔法だよね。やったー! 魔法がある! あこがれの魔法使いになれるぅ!)


 王城の執務室にいた私の頭に響くほど強力な思念は、喜びで踊っているようだった。

 そんな思念に誘われてか、自分の気持ちも高揚していることに驚いた。

 こんな風にワクワクするのは幼少の頃、声の元がなにかを調べ始めた矢先だけだったのに。

 最近では、思念を聞いてもワクワク感などなく、先日の変な【杖】は例外として、「【唯一無二】とは気の毒な存在だ」としか思えなかったのに。


(あれ、なんで私、動けないの? え。もしかしなくても、ここ、倉庫だよね。ふぇっ。まさかの無機物転生!? 異世界転生だけど思ってたんと違う! なんじゃこりゃあ! 動けないぃ! 魔法書がこんなにあるのにぃ。ない。ないわー。読みたいのに動けないぃ)

 

 うん。これはうまれたての【唯一無二】というよりも、先日聞いたばかりの例外【杖】の思念と同じだね。


 「動けない」のが当然の杖が動けないことを嘆き、「無機物テンセイ」「異世界テンセイ」という、ここではまず聞かない言いまわしを使っている。

 大店で【杖】から聞いた『別の世界の人間』かもしれない仮説に信憑性が出てきたね。


 確信を得たのは、(今の私はコレが食べたい気分♪)からしばらく、丨【唯一無二】《思念の元》が好物について思念で延々と語り始めたときだ。


 【唯一無二】には私達の五感に似た感覚があると知ってはいたけれども、まぁ物なので、実際に食べた記憶など無いはず。

 それなのに、この国で聞いたこともない料理の名称や調理法、食べた時の食感から味まで次々と思考するのだから。


(だいたいこんな感じの作り方だったような? うぅ、詳しくは思い出せないぃ。もともと知らなかった可能性。は! 詳しく思い出せても、今の私には再現できないし、食べられないんだったぁ。悲しみぃ)


 でも、すごく詳しいわけではなかったから、丨【唯一無二】《思念の元》が別の世界で料理人だったというわけではなさそうかな。


 そんな風に折々に挟まる別の世界の話や概念が興味深くて、私は自然と、強力過ぎて駄々漏れな思念に耳を傾けるようになっていった。


(んんー、暇すぎるぅ。一人しりとりも飽きたしぃ。せっかく明るいから寝るのはもったいないんだけど、退屈ぅ。なんかこの感じって、授業中とか会議中に似てるかも……あー、ラクガキしようにも書くものがない。そもそも私には手がないんだけども。よしっ、アテレコごっこしよっ)


 まさに会議に出ていた私は、アテレコとはなんだろうね、と楽しみに聞いていたら。


(貴婦人肖像画の横に意味深な鎧、ぽくぽくぽく……。『さぁ奥さま、我が手を取ってください』『まぁ、いけませんわ! 私には夫が』)


 大事な会議中に思わず吹き出してしまったのには困った。


(窓がないと外が見えなくてつまんないよぅ。そりゃここだってキラキラなアクセサリーとか立派な鎧とか高そうな絵画もあって見応え十分なんだけども。明るい時間が少なくって近づけないから、じっくり見られないし。磨いてくれる人が毎日来てくれるけど、その人と話ができるわけでもないし。週イチくらいに風も通してくれるから、よどんだ空気にならなくて快適だけど、普段は常備灯だけにされるから暗くて眠くなっちゃうし。まぁ台座に寝っころがって動けない私にはちょうどいっか。ぐぅ)


 いつの間にか愚痴さえも楽しみに聞いていたのに、丨【唯一無二】《思念の元》は老いた個体と同じように深く寝入ったのか、さっぱり思念が聞こえなくなってしまった。


 すっかり思念の虜となっていた私は、思念が聞こえないと物足りなく感じて、あの元気のいい丨【唯一無二】《思念の元》が今どこにいるのかと気になった。


 いつもなら思念が聞こえれば、元方向がなんとなくわかるんだけど、この思念は強すぎて元の方角すらわからなかったんだよね。王都全域に響く思念なんて初めてだよ。


 はじめは言葉通り倉庫にいるのかと思っていたけれど、【唯一無二】の思念を聞く限り、どうやら台座に横たわった状態で飾られている。

 

 その場合、思念の元は篭手こてか短剣か杖だろう。鎧や盾や剣などなら鎧立てに着せたり壁にかけたりするからね。

 でも武器屋や防具屋の店先ならともかく、倉庫に飾るとは考えにくい。


 同じ部屋に魔法書もあるなら骨董品店や博物館といった場所かとも思ったけれど、たまにしか明るくならないのなら違う。そんな営業ではやっていけないからね。


 残るはどこかの宝物庫か、収集癖のある者の隠し部屋か。


 どちらにしてもそこそこ大きな家だね。

 いくらなんでも領外にまで離れている思念が聞こえてくる可能性は低いから、王都近郊にある大きな屋敷のどれかかな。あそこならいくらでも宝物庫がありそうだしね。

 ただ、しまいこんでいるのにわざわざ飾り、毎日磨くほどの執着がある人物となると限られてくる。


 森の近くにかつての王族が名の知れた収集家として一人で住んでいるから、そこが一番候補かな。

 

 私が直接その屋敷に入れたら話は早いのだけど、あの爺さんはお宝をしまいこんでいるから、王城と同程度に防衛されている上に、爺さん本人も癖が強くて、王太子の私ですら盗人扱いされて、敷地内においそれとは入れないんだよね。


 どうにかして収集家の爺さんに会えないか策を練っている間に、可愛い弟は【唯一無二】を見つけ出す方法を発見したようで、次々と見つけるようになっていた。


 私は頼もしく感じていたけれど、【唯一無二】だとわからない皆は、弟が目立ちたくて、ただの商品を【唯一無二】だとかたり買い漁っていると思い込み、弟への陰口が酷くなってきた。

 このままにしてはおけない。


「ねぇ。たくさん見つけられたのなら、【主】になりたい希望者を集って【唯一無二】と対面できる会を開いたらどうだい?」


「さすが兄上、良い案ですね。そういたします」


 瞳をキラキラさせた可愛い弟は、すぐに父王から許可を得て実行した。我が弟は本当に優秀だね。

 ただ、まさかそこで弟が懇意にしている【槍】の【主】が見つかるとは、私も想定していなかった。

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