その11 爺さんと屋敷(王太子視点)

 【唯一無二】思念の元に続いて、たまに聞こえていた【槍】の思念も聞こえなくなった。

 ……日常とはこんなに味気ないものだったかな。


 ふふ、以前の私は【唯一無二】を気の毒な存在としか思えなかったのにね。自分自身のことながら、変われば変わるものだ。


 弟も同じ気持ちなのか、弟は以前よりも【唯一無二】探しに精力的になっていた。


 あれだけ【槍】と仲が良かったのだから、弟の喪失感は私以上だろうね。


 弟自身の【唯一無二】が欲しくなったのかもしれないし、私が【唯一無二】に対しての気持ちが好転したように、弟もなにかしら意識が変わったのかもしれない。


 頑張り屋の弟にこそ、弟の【唯一無二】と出会えたらいいのに。


 そういえばじぃさんから連絡がないね。


 爺さんの屋敷にあるのは、爺さんの審美眼で集められた確かな物ばかりだから、見つかっていない【唯一無二】がある可能性が高い。


 だから今までにも、幾度も訪問を希望していたのだけど、全然受け入れてくれなかったんだよね。


 でも屋敷の年季が入ってきた今なら、防衛魔道装置の点検で入りたいと伝えれば、受け入れてくれるかもしれないと打診していた。

 

 最初から多人数だと爺さんに警戒されるだろうから、私一人だけでも、とね。


 辺境伯が【唯一無二】と出会った話、他にも複数の【唯一無二】が見つかったという話で興味を引けば、今まで聞く耳も持たない態度だったのが、短い時間ながら私の話を聞いてくれた。


 そのまま屋敷の魔道装置点検の話につなげれば、「訪問可能な日取りはまたあらためて連絡する」とまで言ってくれたのだけど、それっきり音沙汰がない。


 あらためて考えると、いつもの爺さんなら、お気に入りの収集物を増やす絶好の機会だった『【唯一無二】の会』を逃すなんてありえないんだよね。

 登城しなかった理由があるはずだから、それも聞き出せるといいなと思っていたのだけど。


 おかしいね。


 気まぐれな爺さんだから、あとからやっぱり屋敷に人が入るのが嫌になって返事をしないだけなのかもしれないし、急に思い立って出かけたのかもしれない。

 ただ、そこは腐っても王族で、意見をひるがえすならそうと、遠出するならすると、今までなら一言は寄こしてくれてたんだよね。


 それがまた絶妙で、期待させといて散々やきもきさせられたよ。


 だから逆に、一言もないのは変に感じてしまう。もしかして深刻ななにかがあったんじゃないかな。


 通常、あるじになにかあれば屋敷の者がすぐに城にも知らせてくれるところだけど、あの爺さんはそばに人を置きたがらず、最小限の通いにして、その通いすら数日おきで、不審にすぐには気づけない。


 しかも通いの者も私と同じように、悪い意味でいつもの爺さんの行動に慣れている。「気まぐれに旅行に出ただけなのに大騒ぎしおって!」と理不尽に怒鳴られるのは嫌だからと、報告せずに静観しているとしたら……。


 考えすぎかもしれないけれど胸騒ぎを覚えて爺さんの屋敷に使いを出せば、屋敷が封鎖されて通いの者たちも入れず困っていたことが知れた。


 防衛魔導装置は特別壊れてはいないらしい。

 装置の過剰作動か、防衛試験中なのか、なにごとかが起こり主を守るために屋敷を完全に閉鎖したかだろうと報告があった。


 とにかく入れない状態なのはわかったよ。


 おそらく私も屋敷に行くことになるはずだと準備をしていると、すぐに魔道部隊から防衛魔道装置の解除要請が来たので、ふたつ返事で爺さんの屋敷へと向かった。


 魔道部隊と一緒に到着した屋敷では、確かに正常に、最大警戒状態で防衛魔道装置が作動していた。

 薄く目に見える壁にはばまれて、誰一人として屋敷に入れない状態に、魔道部隊も戸惑っている。


 うん。こういう状態って、城だと籠城戦くらいだからね。


「これは……王城より厳重なのでは?」

「おい、ここは普段からこんなに強固なのか?」

「い、いいえ。普段はここまで目に見えてはおりません」

「いつもなら、わたくしどもは何事もなく入れます」


 魔道部隊に囲まれて怯える使用人たちに一声かける。


「屋敷の主と連絡が取れない非常事態だから、破らせてもらうよ」


「え」

「破れるんですか?」

「これを?」


 微笑を返して誤魔化した。

 正確には破るんじゃないからね。


 ここの防衛魔法の基礎は、王城を守っている防衛魔法と同じで、血族に作用する魔法だ。王城では王族が何より最優先して守られる。


 この屋敷では、主である爺さんのみを受け入れていた防衛魔法を、みんなには破るように見せかけながら、一部分だけ主を私に書き換え、通常の警戒段階に下げて、普段と同じく許可した使用人が入れるように、ついでに私や魔道部隊、護衛騎士たちも許可しておかないとね。


 血族だからといって、普通ならここまで簡単には上書きできない。書き換えできるのは、わかる者が見れば気づくように穴が残されていたから。


 爺さんがかたくなに守ってきた屋敷の防衛に、わざわざ穴を空けるなんてね。あぁ嫌な予感が止まらない。

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